[どこまでも大きくなる:konception]
iPhone 6 Plus について2つの感想が目を引いた。
iPhone 6/6 Plus を電話と考えて適正なサイズかどうか判断するのではなく、持ち運びのできるポケットコンピュータと認識してみてはどうかというもの。
元 Macworld の Dan Frakes はつぎのようにいう。
Why I bought the iPhone 6 Plus | Six Colors
これまで自分は iPhone が電話であるという視点にとらわれ過ぎてきたが、現実の自分は様々なアプリを使ってコンピュータとして使っている。
コンピュータとして考えれば、Plus は最小で最強のコンピュータだ。iPad やラップトップといった他のデバイスを追加的に持ち運ばなくてもよくなる。だから自分は Plus を買ったのだと。
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もうひとりの Dan Frommer も同様な視点だ。
The iPhone 6 Plus is the pocket computer I’ve been waiting for | Quartz
iPhone 6 Plus はたしかに大きいが、しかしそれは正当な進化を遂げたものだ。「これまでで最も優れたアップル製品であり、これこそ長年自分が求めてきたポケットコンピュータだ」という。
同時に他のデバイスを持ち運ぶ必要からも開放されると。
にもかかわらず、アプリの多くがまだ Plus に最適化していない点を指摘する。
(ユニクロのジーンズを例にとってアパレルが大型化するスマートフォンを念頭においていないという指摘もおもしろい。)
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たしかに電話やタブレットという既存のカテゴリーの延長上で Plus を論じるのは不十分かもしれない。
ポケットコンピュータという真の姿を隠すためにオリジナル iPhone は電話として登場した。本来のポケットコンピュータが姿を現してきたのが Plus だと考えればたしかにオモシロい。
Tim Cook たちがあんなに張り切っているのもそんなワケだとしたら・・・
私としては、「ポケットコンピュータなのだ」という視点を出すならば、iPhone 6 Plusは(通話機能付き)iPadとして出せばよかったと思っています。商品名に”Phone”という単語を入れておきながら、「電話と考えて適正なサイズかどうか判断するのではなく」というのはおかしな話です。これは、ジョブズの「複雑な選択を果てしなく強いて消費者を混乱させない」という流儀に反しています。
そもそも、大きくなった理由がよくわからない(伝わってこない)というのも気になりました。iPhone 6 / 6 Plusの紹介ビデオをみても、画面が大きくなることによるメリットにはあまり触れられていません。もしかしたら、apple watchとの併用を考えているのかもしれませんが、いまのところ携帯性を犠牲にしてまで”電話の”画面サイズを大きくした理由はわからないままです。
結局のところ、iPhone 6 / 6 Plusの問題は「カテゴリを間違えた」という点にあるように思えます。私はこれが「iPadの新シリーズ」として登場したのであれば、かなり満足していたように思えます。
オフトピックになるが、先日のMacworld編集部の大量解雇のニュースには心底驚いた。Mac系雑誌の最も忙しい日の翌日に、疲れたスタッフの首を切るとはなんという仕打ちだろう。唯一残った名物男Chris Breenが、無職になってしまった同僚達をかばって、自身のブログに載せた推薦状(Letter of recommendation)が涙を誘う。編集長 (Jason Snell) まで解雇されてしまったので哀れ元編集部員は転職のための推薦状を頼む人もいないのだ。こういう場合、日本人のメンタリティだと出過ぎたマネをして経営陣の機嫌を損ねやしないかと自己保身に走るものだが、困っている人には躊躇無く手を差し伸べるところはさすが欧米人だ。
そのChris BreenがデジタルだけになってしまったMacworld誌の今後を尋ねられて、正直どうなるか分からないと答えている。記事を読むのに目障りな広告が効果的だとは思えないし、記事の有料化についても、自分自身もフリーに慣れてしまっていてオンライン記事のペイウォールの先にいくことはないことから見込みが薄いと考えているそうだ。Macworld誌にかぎらず一時代を築いたテックジャーナルが消えてしまうのはやりきれない。アマゾンではないが、プリントメディアに興味を示す羽振りのよいIT企業はいないものか・・・
> Arageo さん
プリントメディアの終焉だとしても 昔からのアップルファンにとって ほんとに寂しくなりました
初代 Macintosh で始まった私のマック遍歴も 傍らには常に Macworld 誌がありました 今でも創刊号が手もとに残っているはずです
編集長以下 バッサリ切り捨てたところは なんともドライな風土ですね
すぐれたライターたちが 活躍の場を見つけてくれることを 切に願っています
オンラインサイトとしては Macworld に変わって Jason Snell の立ち上げた Six Colors をフォローし始めています
訂正、Jason Snellは解雇でなく退職でした。先細りの雑誌の編集長として火中の栗を拾い続けるのでなく、ブロガー/ライター/ポッドキャスターとしてクリエイティブな道を選んだようです。John GruberがDaring Fireballを立ち上げたときのハナシをするのを聞いて、同じデベロッパーにSix Colorsの立ち上げのスポンサーを頼んだら受け入れられたそうな。拾う神ありということで。