アップルが大量の現金資産を保有していることはよく知られている。
質の高い Q&A サイトとして注目を浴びている Quora が注目すべき解説をしている。アップルがこのキャッシュを実に戦略的に使っているというのだ。
Quora: “What would make sense for Apple to use its $51+ billion in cash for a strategic acquisition?” by Anon User: 01 July 2011
* * *
戦略的買収はどうか?
問: 510 億ドルのキャッシュをアップルが戦略的買収に使ってはどうか?
What would make sense for Apple to use its $51+ billion in cash for a strategic acquisition?
* * *
ライバルに対して決定的優位に立つ
答:アップルは非常に興味深いやり方で貯め込んだキャッシュを使っている。ライバルに対して決定的優位に立つために・・・
Apple actually uses its cash hoard in a very interesting way to maintain a decisive advantage over its rivals:
* * *
新部品工場の建設には膨大な資金
タッチスクリーンやチップ、LED ディスプレイなどの新しい部品技術が最初に開発されるときはその製造コストが大変高くつく。新部品を大量に製造する工場を建設するのはもっと高くつく。多くの場合、先行的設備投資は膨大になるのでマージンが非常に薄く(急速なコモディティー化によって時がたつにつれて低減はするが)、かかる工場を建設しても必要コストをカバーするだけの投下資本を集めるのは困難だ。
When new component technologies (touchscreens, chips, LED displays) first come out, they are very expensive to produce, and building a factory that can produce them in mass quantities is even more expensive. Oftentimes, the upfront capital expenditure can be so huge and the margins are small enough (and shrink over time as the component is rapidly commoditized) that the companies who would build these factories cannot raise sufficient investment capital to cover the costs.
* * *
建設投資することで独占権を得る
その膨大なキャッシュをアップルは工場建設費(ないしはその相当部分)に充てる。その代わり当該工場の生産品に対して一定期間(6 〜 36 か月)独占的権利を要求する。それ以降は割安価格を条件にするのだ。このやり方には次の2つのメリットがある。
What Apple does is use its cash hoard to pay for the construction cost (or a significant fraction of it) of the factory in exchange for exclusive rights to the output production of the factory for a set period of time (maybe 6 – 36 months), and then for a discounted rate afterwards. This yields two advantages:
* * *
他社が真似できない画期的製品
1)アップルはライバルより数か月ないしは数年も先んじて新しい部品技術を利用できる。だからアップルは他社にはとても真似できないような画期的製品を出すことができるのだ。iPhone の発表後、ライバル企業が iPhone クローンを出そうとしても1年近くは静電容量式タッチスクリーンをまったく入手できなかったことが思い出される。マネできなかったのはソフトだけではなかったのだ。他のメーカーが大量に購入してコンシューマー製品を作ろうとするずっと前から、アップルは新しい部品を入手できたのだ。特別な例がアップルのラップトップ製造に使われたアルミ加工技術だ。企業秘密としてアップルが独占しているため、他社が(今までのところ)マネの出来ない強度と軽さをもったラップトップの製造が可能になっている。
1. Apple has access to new component technology months or years before its rivals. This allows it to release groundbreaking products that are actually impossible to duplicate. Remember how for up to a year or so after the introduction of the iPhone, none of the would-be iPhone clones could even get a capacitive touchscreen to work as well as the iPhone’s? It wasn’t just the software – Apple simply has access to new components earlier, before anyone else in the world can gain access to it in mass quantities to make a consumer device. One extraordinary example of this is the aluminum machining technology used to make Apple’s laptops – this remains a trade secret that Apple continues to have exclusive access to and allows them to make laptops with (for now) unsurpassed strength and lightness.
* * *
割安価格で部品調達
2)ライバルもいずれは部品製造技術で追いつくだろう。しかしその頃には、今や経験を重ね、製造コストの低減を図れているかもしれないこれら部品メーカーと、アップルは割安価格で購入する交渉を済ませ、低価格での部品調達が可能になっている。しかもこの割安価格によって、同じ部品を購入するライバルからアップルが補助を受けると考えることもできる。製造工場としては、今やコモディティー商品となったこれら部品をすべてのバイヤー向けに作れるようになり、同時にアップルは特別価格を享受できるからだ。
2. Eventually its competitors catch up in component production technology, but by then Apple has their arrangement in place whereby it can source those parts at a lower cost due to the discounted rate they have negotiated with the (now) most-experienced and skilled provider of those parts – who has probably also brought his production costs down too. This discount is also potentially subsidized by its competitors buying those same parts from that provider – the part is now commoditized so the factory is allowed to produce them for all buyers, but Apple gets special pricing.
* * *
先端技術を独占するサプライチェーン
アップルはデザインの優秀さだけでライバルを粉砕するのではない。Steve Jobs はハードウェアの大量生産という面でも大きな経験(アップル初期、NeXT)を積んでおり、どのライバルも敵わない先端技術を独占するサプライチェーンの構築を常に忘れない。文字通りこの地上の誰と比べても数年も先んじた先端技術のサプライチェーンなのだ。もしアップルの新製品が未来的に見えるとしたら、それは実際にアップルが未来から技術を送り込んでいるからだ。
Apple is not just crushing its rivals through superiority in design, Steve Jobs’s deep experience in hardware mass production (early Apple, NeXT) has been brought to bear in creating an unrivaled exclusive supply chain of advanced technology literally years ahead of anyone else on the planet. If it feels like new Apple products appear futuristic, it is because Apple really is sending back technology from the future.
* * *
同じサイクルを繰り返す
いったんこれらの技術が、より正確には大量生産の技術が十分にコモディティー化されると、コスト面でアップルはライバルと余裕をもって競争でき、ライバルの競争力を弱めることができる。アップルがプレミアム製品しかつくらないことは伝説だ。しかも立派なものを作る。それは文字どおり他の製品より優れているからだ。(高額なプレミアム価格はデザインだけのせいではない。) いったん製品ラインがプレミアムではなくなっても、ライバルの同種製品よりは安く製造できる。マージンはさら増え、キャッシュも増え、それによって同じサイクルを繰り返すことが可能になる。
Once those technologies (or more accurately, their mass production techniques) become sufficiently commoditized, Apple is then able to compete effectively on cost and undercut rivals. It’s a myth that Apple only makes premium products – it makes them all right, but that is because they are literally more advanced than anything else (i.e. the price premium is not just for design), and once the product line is no longer premium, they are produced more cheaply than competitor equivalents, yielding higher margins, more cash, which results in more ability to continue the cycle.
* * *
アップルの強さの本質を衝いているのではないか・・・
そういえばアップルがシャープの亀山工場に 1000 億円投資したことが話題になった。
Anon User の解説に注目した Horace Dediu や Philip Elmer-DeWitt は、monopoly[独占]に代わる monopsony[買い手独占:単一のバイヤーがマーケットをコントロールする]ということばを使って、その戦略的重要性に光をあてている。
Q&A サイトにこんな質の高い回答が寄せられることに驚かされる。Anon User[anonymous user の略:Thanks anon user]とはいったい何者か?
★ →[原文を見る:Original Text]
anon user は anonymous user の略でしょう… 実際にやってみるとわかりますが、匿名で Q も A も投稿できます。って、ボケにマジ突っ込みしてます?
> anon user さん ありがとうございます
anon って anonymous の略語だったのですね
辞書にも そう載ってました
供給ルートを独占させるというのが重要だなぁ。
しかし、Googleの「邪悪にならない」ではないが、一旦、好循環が逆になれば、すぐにでも硬直化するのは目に見えている。
それはジョブが死去して方向性が失われれば、簡単に実現するし、日本の例を上げれば、任天堂がソニーに家庭用ゲームで負けたのも、ソニーがウォークマンで負けたのも同じ理屈。
金の切れ目が縁の切れ目になる危険性がある。
メーカーは儲かるから手をつないでいるだけ。現実は厳しいと思う。
[…] […]
「はてなブックマーク」経由で、あなたのブログを読みましたが、このブログの質の高さに驚かされました。アップルの競争優位を簡単に説明して頂いて感謝していますね。monopsony[買い手独占:単一のバイヤーがマーケットをコントロールする]という概念は、これからビジネス界と経営学学会に刺激を与えそうですね。
これからも、良質のブログを書いて、私に刺激を与えて下さい!期待しています。
アップルの製品の裏にはこんな綿密な戦略が…。大変勉強になりました。
「もしアップルの新製品が未来的に見えるとしたら、それは実際にアップルが未来から技術を送り込んでいるからだ。」この記事を読んでまさにそうだと感じました。
>割安価格で部品調達
逆の話で、NIKKEI NETに「Appleは値切らない」という記事がありました。
どうやら元記事が消えてしまっていますが…
apple-products-fan.seesaa.net/article/188288213.html
[…] […]
これって、結果論を述べているだけに過ぎないと思います。
1997年のAppleのキャッシュはスッカラカンですよ。
Appleが成長できているのは「自分たちが欲しい物を作っているだけ」とスティーブ・ジョブズ自身が語っていますが。
ついでに言うとAppleはマーケティングをほとんど行っていないので、マーケティングを行っていない会社を論じる時点で何か間違っていると思います。
わかりやすい!
[…] […]
[…] […]
アップルだけは未来を開拓しているように見えるカラクリがよ〜く分かりました。勉強になりまっす!
成功には運や偶然でなく、定石があるってあるってことで、目指すのは成功でなく、定石に従うこと。
これは昔からの林檎ユーザ的には常識なんだけどねw
勉強になります。
英語苦手&Appleフリークな私には非常に嬉しいエントリーです。マーケティングの上手さは毎回体感することができますが、、、メーカーとして根幹であるサプライチェーンマネジメントの秘密も理解できて勉強になりました
先端技術のサプライチェーンを押さえる、というコンセプトがポイント。的を射ているな。
また時間がある時に読めるようにiPadにも送ろう
[…] […]
[…] […]
アップルが他社に先駆けて新製品をつぎつぎと投入できる秘密、または他社がなかなか追いつけない秘密
これは興味深い。
へぇ〜〜
[…] […]
[…] […]
サプライチェーンやパーツの調達や新しい技術への投資ももちろんそうなんですが、開発費もおそらく他社ほども掛けられなかったあの時期に、iMacを開発した事、またそれを本当にリリースしてしまえた事がすごいと思っています。