[次に来るもの:photo]
「破壊的イノベーション」
Clayton Christensen といえば、従来製品の価値を破壊してまったく新しい価値を生み出す「破壊的イノベーション」(Disruptive Innovation)で有名だ。それをテーマにした『イノベーションのジレンマ』(The Innovator’s Dilemma)は一部の論者に熱狂的に支持されている。
革新的な企業は波瀾を巻き起こしながら発展するという彼の視点の続編が『The Innovator’s Solution』だ。衝撃的な ASUS とデルの寓話もここで登場する。
Christensen の最新作『How Will You Measure Your Life?』で共著者に名前を連ねたのが James Allworth だ。Allworth はハーバードビジネススクールのフェローで、Christensen の愛弟子のひとりでもある。
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2つの知性のぶつかり合い
当ブログでも取り上げた Allworth のサムスン論は4か月ほど前に Horace Dediu のポッドキャスト「The Critical Path」に登場している。
→ The Critical Path #56: Strategic Disadvantages: A discussion with James Allworth | 5by5
実は、財務データにモノを言わせる才能では他の追随を許さない Horace Dediu もまた Christensen の教え子だ。
Horace Dediu はユニークな経歴の持ち主で、難民としてルーマニア生まれ、イタリーを経て米国に移民、大学でコンピュータサイエンスを学び、後にハーバードビジネススクールで Christensen の元でビジネスについて学ぶ。卒業後はフィンランドに移住、ノキアに勤める。[自分の将来を決めかねているひと、自分のブログについて悩んでいるひとは Dediu の経歴だけでも一読すべき。]
恩師の Christensen は数字の達人と呼ばれる Dediu の大ファンであることを公言して憚らない。[Dediu の Christensen インタビュー(こちらも参考)もぜひ聴きたい。]
Horace Dediu と James Allworth という愛弟子同士が議論を交わしたのが Critical Path のポッドキャストだった。二つの知性のぶつかり合いという意味でも、語られる内容が刺激的だという意味でも注目のポッドキャストだ。まるでビジネススクールの教室風景を彷彿とさせて、対話というもののあるべき姿とはこういうものかと思ってしまう。
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MediaTek のチップセット
このポッドキャストにはサムスン論だけでなく、その他にも様々な興味深い視点が登場する。
そのうち特に筆者の興味を呼んだのが次の2つだ。
まず第1は、ローエンドスマートフォンにおける MediaTek チップセットの存在について。[20:00 分ごろから]
iPhone もどき、Android もどきが尽きることなく登場する中国の携帯市場だが、それを可能にしているのが MediaTek のチップセットだ。
MediaTek チップセットに様々なスキンをかぶせて iPhone もどき、Android もどきというクローン市場が生まれる。
ローエンドスマートフォンでは MediaTek のチップセットが圧倒的なシェアを誇り、Huawei[華為技術、ファーウェイ]、ZTE[中興通訊]などのメーカーに採用され、インド、インドネシア、アフリカなどの市場を席巻する。
まさにかかるシングルサプライヤーとしての MediaTek の存在こそ、技術が「満足できるもの」(good enough)となった証しではないのか — だからデザインは陳腐化して誰でもコピーできるスキンにすぎなくなったのではないか、と議論は展開していく。
HP が新しい PC を検討するときのエピソードも衝撃的だ。どんな新製品を出すかを決めるにあたって、プロダクトマネジメントが台湾の ODM を訪れ、彼らが提供できるものの聞き取りを行ない、それにスキンして出すのが新製品だという話。
中国 Huawei や ZTE のスパイ疑惑がアメリカで問題になったことも記憶に新しい。
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次なる破壊的イノベーションとしてのインプット方式
もうひとつは、新しいインプット方式という観点から破壊的イノベーションを捉えた点だ。[40:00 分ごろから]
iPod のスクロールホィールに端を発するタッチ方式が iOS デバイスの革命的成長をもたらした。
スティーブ・ジョブズ亡き後のアップルは、果たしてこの1〜2年で新しいインプット方式を出せるかだろうかと Dediu は問う。
Siri という音声入力方式が登場したとき、スクリーンを必要としなくなることに興奮したと Dediu はいう。究極のパーソナルアシスタント、コミュニーケーター製品の未来を垣間見たからだ。
にも関わらず、登場以来 iPhone のインターフェイスは基本的には変化していない。未だデザインにこだわり過ぎて、新しい入力方式という技術に対応できていない。小さな画面にアイコンを詰め込む今のモデルはそのうち成り立たなくなるのではないか。
音声入力方式は未だデザインも性能もひどいものだが、いずれはすばらしいものになるのだろうか。オールドビジネスから新しいビジネスを生み出してきたアップルがここでもリードを保てるのか。
他社の市場に参入して破壊的イノベーションを演じたアップルが、自らのマーケットについても破壊的であり得るのかどうか(self-disrupt)という問いだ。
Google Glass[冒頭写真]のようなものがアップルラボでも試みられているのではないか。そのインターフェイスはどう変化するのかなど、音声入力方式、ウェアラブルコンピュータ(wearable computer)についての議論も興味深い。
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ポッドキャストの衣替え
Horace Dediu は筆者の大好きなライターのひとりだが、書いたものだけでなくポッドキャストもなかなかに聞き応えがある。上に紹介したポッドキャストも聴くひとの期待を裏切らない。
その「The Critical Path」は衣替えして、本年からは「High Density」として再スタートした。Glenn Fleishman をゲストに迎えたその第1回も非常にオモシロく、今年も目が離せない。
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全米家電ショー(CES)
折しも恒例の全米家電ショー CES[Consumer Electronics Show:全米家電協会主催の家電見本市]がラスベガスで開催される。
Macworld Expo がまだ開催されていたころは、(メディアの注目度という意味では)その引き立て役という感じが強かったが、今ではどうだろうか。
躍進を続けるサムスン、業績不振の日本勢 — それぞれがどうフィーチャーされるか興味深い。
あまりに大きくなり過ぎて収拾がつかなくなったと嘆いたのは Mat Honan だったが、今年の The Verge も同じようなトーンで書いている。
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「第5の騎士」論
サムスンといえば MG Siegler の年頭記事「第5の騎士」がこれまた興味深い。
TechCrunch: “The Fifth Horseman: Samsung” by MG Siegler: 06 January 2012
最近のアップル対サムスンの訴訟合戦でこの韓国の会社はアメリカでは物まね企業のレッテルを貼られたようだ。しかしこれは危険な過小評価だ。いかなる尺度でもいまやサムスンは技術業界でも最も重要な企業のひとつに育っているのだ。まさに5番目の騎士[注:ヨハネの黙示録の四騎士から]なのだ。
It feels as if the recent Apple/Samsung legal battles have branded the South Korean company as little more than a copycat in this country. But that’s a dangerous underestimation of a company that is quickly becoming one of the most important ones in tech right now by pretty much every metric. A fifth horsemen.
これまで過小評価されてきたサムスンを評価し直そうとするものだ。
今年がどういう展開になるのか見ものだ。
日本の IT 産業にもまた陽が当たる日がくることを祈念したい。
[…] Posted 2013年1月7日 次なる「破壊的イノベーション」 « maclalala2 […]
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