[スタンフォード Memorial Church:photo]
Mona Simpson の追悼の辞のつづき。
最後の部分、Steve Jobs の死について。
NYTimes.com: “A Sister’s Eulogy for Steve Jobs” by Mona Simpson: 30 October 2011
* * *
予期せぬ死
誰でも結局は途中で死ぬのです。物語の途中で。たくさんの物語がそうです。
We all — in the end — die in medias res. In the middle of a story. Of many stories.
ガンを患って何年も生き延びたひとの死をそういうのは必ずしも正確ではないかもしれません。しかし Steve の死は私たちにとって予期せぬものでした。
I suppose it’s not quite accurate to call the death of someone who lived with cancer for years unexpected, but Steve’s death was unexpected for us.
兄の死から学んだこと、それは物語にとって登場人物は欠かせない、どういう死に方をしたかでその人となりが分かるということです。
What I learned from my brother’s death was that character is essential: What he was, was how he died.
* * *
「キミは間に合わないと思う」
火曜日の朝、彼はパロアルトまで急いで来て欲しいと電話をかけてきました。愛おしむような愛情に満ちた声でしたが、どこかもう車に荷物を積んで、旅の一歩を踏み出してしまったという感じがありました。みんなを残していくことになって済まない、ほんとに済まないと・・・
Tuesday morning, he called me to ask me to hurry up to Palo Alto. His tone was affectionate, dear, loving, but like someone whose luggage was already strapped onto the vehicle, who was already on the beginning of his journey, even as he was sorry, truly deeply sorry, to be leaving us.
別れのことばを言い始めたので、私は遮っていいました。「待って、行くから。今空港へ行くタクシーの中よ。きっと行くから」と。
He started his farewell and I stopped him. I said, “Wait. I’m coming. I’m in a taxi to the airport. I’ll be there.”
「ハニー、電話しているのは、キミが間に合わないと思うからだよ・・・」
“I’m telling you now because I’m afraid you won’t make it on time, honey.”
* * *
着いてみると
着いてみると、彼は Laurene は冗談を交わしているところでした。一生毎日一緒に過ごしてきた相棒同士のように。彼は視線をそらすことができないというように、子供たちの目を覗き込んでいました。
When I arrived, he and his Laurene were joking together like partners who’d lived and worked together every day of their lives. He looked into his children’s eyes as if he couldn’t unlock his gaze.
午後2時頃までは、Laurene に起こしてもらって、アップルの友人たちと話をさせることができました。
Until about 2 in the afternoon, his wife could rouse him, to talk to his friends from Apple.
しばらくすると、もう声をかけても目を開けてくれないことがはっきりしました。
Then, after awhile, it was clear that he would no longer wake to us.
* * *
息づかいが変わった
息づかいが変わりました。辛そうで、じっくりと、意図しているかのように。また彼が歩みを数え始めたのだと気付きました。前より一歩でも遠くへと。
His breathing changed. It became severe, deliberate, purposeful. I could feel him counting his steps again, pushing farther than before.
私が悟ったこと、それは彼が死に対してすら努力をしたということです。死が Steve に訪れたのではありません。彼が死を成し遂げたのです。
This is what I learned: he was working at this, too. Death didn’t happen to Steve, he achieved it.
一緒に年とることができなくて済まない、ほんとに済まないと彼がいったとき、彼はもっといい場所への旅立ちを告げていたのです。
He told me, when he was saying goodbye and telling me he was sorry, so sorry we wouldn’t be able to be old together as we’d always planned, that he was going to a better place.
Fischer 医師は真夜中までもつ可能性は五分五分だといいました。
Dr. Fischer gave him a 50/50 chance of making it through the night.
彼は一晩持ちこたえました。Laurene はずっとベッドに付き添い、呼吸の合間が長引くとびくっと飛び起きました。彼女と私は視線を交わします。するとまた深く息を吸い込み、呼吸が始まるのです。
He made it through the night, Laurene next to him on the bed sometimes jerked up when there was a longer pause between his breaths. She and I looked at each other, then he would heave a deep breath and begin again.
* * *
やり遂げなければ
やり遂げなければ。この期に及んでもなお彼は毅然として、端正で、絶対君主のような、夢想家のような横顔をしていました。彼の息遣いから、急峻な山道を登る苦しい旅をしていることが分かりました。
This had to be done. Even now, he had a stern, still handsome profile, the profile of an absolutist, a romantic. His breath indicated an arduous journey, some steep path, altitude.
山を登っているようでした。
He seemed to be climbing.
その意思、仕事の使命感、その力強さ、そしてそこには Steve の不思議を求める心がありました。細部にこだわり、より美しいものを後世に残そうとする芸術家の信念が・・・
But with that will, that work ethic, that strength, there was also sweet Steve’s capacity for wonderment, the artist’s belief in the ideal, the still more beautiful later.
* * *
最後のことば
Steve が数時間前に発した単音節の三度の繰り返し、それが彼の最後のことばとなりました。
Steve’s final words, hours earlier, were monosyllables, repeated three times.
旅立つ前に、彼は妹の Patty を見やり、それから長い間子供たちに、そして生涯の伴侶 Laurene に視線を移し、それから彼らの肩越しに遠くを見ました。
Before embarking, he’d looked at his sister Patty, then for a long time at his children, then at his life’s partner, Laurene, and then over their shoulders past them.
Steve の最後のことば。
Steve’s final words were:
オウ、ワオ。オウ、ワオ。オウ、ワオ。
OH WOW. OH WOW. OH WOW.
— 完 —
* * *
裸の人間 Steve Jobs に直接向き合っているようで、襟元を正した。
そこには巷間エクセントリックと評された人間ではなく、抗いようのない運命と最後まで戦うひとりの人間の姿がある。
Mona Simpson の手記と同時に、伝記『スティーブ・ジョブズ』の最終2章を読んだ。「三度目の病気療養休養(2011年)」以降の部分は、余命幾ばくもないことがあきらかになったあと加筆されたのではないかと思う。
一筋縄ではいかない稀有の天才 Steve Jobs を理解するためには、Walter Isaacson の伝記本の他に、Mona Simpson の手記のような、Jobs の人格に寄り添い、心の内面に踏み込んで書かれたものが必要だと思う。
いつの日かきっと、作家 Mona Simpson の手になるジョブズの本が出るのではないかという気がした・・・
★ →[原文を見る:Original Text]
* * *
《関連》
・血を分けた兄の死(4)— 死
・血を分けた兄の死(3)— 病い
・血を分けた兄の死(2)— 彼の人生
・血を分けた兄の死(1)
《参考:日本語訳》
Mona Simpson の手記には多くにひとが触発されて日本語訳を試みている。
いずれも練達の士によるすばらしい日本語なので、併せてご覧ください。
・スティーブ・ジョブズの妹モナ・シンプソンの追悼演説:A Sister’s Eulogy for Steve Jobs | Long Tail World
・妹からスティーブ・ジョブスへの弔辞 | はてな匿名ダイアリー
素晴らしい翻訳をありがとうございました。
私も「スティーブ・ジョブスⅡ」を読んでいる途中で、ジョニー・アイブスの事が知りたくてこちらに行き着きました。モナ・シンプソンの追悼スピーチも非常に良かったです。読み進めるのが少し寂しいですが、これからのAppleを見守りたいですね。
この手記を読むことができてよかった。ありがとうございます。
shiroさん、LINKご紹介ありがとうございました、またこうして一緒の時間に一緒の英文と向き合うことがなくなってしまうのかと思うととても寂しいです。モナ・シンプソンの文章はジョブズ生き写しですよね。私もモナ・シンプソンの文章で読みたいな、と思いました。合掌
> satomi さん
暖かいコメントありがとうございました。
同じものに、同時に向き合えたことを感謝しています。
真にいいものには誰もが触発されるのですね。
そして真にいいものを求める読者がいる・・・
*
Steve Jobs が三度目の病気休暇をとったニュースは、心臓の手術を終え、ICU から一般病棟に移った日に知りました。
Mona Simpson の手記を読みながら、ICU にいた自分や、病棟の廊下を歩行訓練した自分と重ね、なんどか目頭が熱くなりました。
*
清水の舞台から飛び降りるつもりで手に入れた初代 Macintosh でしたが、30年近く追い続けて来たマックやアップルのニュースの中心にはいつも Jobs がいました。
ぽっかり空いた現実に、いまだ十分向き合えずにいます・・・
Jobs やアップルに関するいい文章に出会えるのがこれが最後でないことを祈りたいと思います。
コメント、ありがとうございました。
ありがとうございました。
涙が止まりません。
>ICU から一般病棟に移った日に知りました
…そうだったんですか…涙
私は奥さんが病室入ってくるたびに笑顔が広がるってところで、
病棟に運び込まれたままの姿勢でドアの方を向いて座って、
翌日母がくるのを待って死んだ父のこと思いだしてしまいました…
近しい人の死に直面することの、静粛な尊厳を共有しました。
そして、ジョブズらしい死をしることができ、なおさらの悲しみと、
ああ、本当にいないんだな、と言う気持ちが湧いてきました。
本当に偉大な人を失ったけれど、死を成し遂げたというのも深く心に
刻まれました。