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[アップルの追悼ビデオ:Apple

スティーブ・ジョブズが逝ってはや1年

ジョブズを話題にすることも、ジョブズについて書かれたものを紹介することも減った。

その分、ブログの更新頻度も減った。

アップルのニュースを追いかける日常に変わりはないが、日本語にして紹介する数はめっきり減ったように思う。

アップルファンの心に火をつける、そんなジョブズの話題が減ったことが大きな原因だ。(もちろん歳をとって体力が衰えたこともある。)

自分にとってジョブズはそれほど大きな存在だった。

アップルサイトの追悼ビデオはいい出来だと思う。

ヨーヨー・マが奏でるバッハの無伴奏チェロ組曲第1番をバックにジョブズの語りが綴られていく。

久しぶりにジョブズと正面から向き合った気がする。

ジョブズの晩年にはたくさんの記事を紹介した。いちばん心に残っているのは実の妹 Mona Simpson の追悼記事だ。

こんな心に響く文章にはとんとお目にかかれなくなった・・・

★ →[アップルの追悼ビデオ:Apple

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[スタンフォード Memorial Church:photo

Mona Simpson の追悼の辞のつづき

最後の部分、Steve Jobs の死について。

NYTimes.com: “A Sister’s Eulogy for Steve Jobs” by Mona Simpson: 30 October 2011

     *     *     *

予期せぬ死

誰でも結局は途中で死ぬのです。物語の途中で。たくさんの物語がそうです。

We all — in the end — die in medias res. In the middle of a story. Of many stories.

ガンを患って何年も生き延びたひとの死をそういうのは必ずしも正確ではないかもしれません。しかし Steve の死は私たちにとって予期せぬものでした。

I suppose it’s not quite accurate to call the death of someone who lived with cancer for years unexpected, but Steve’s death was unexpected for us.

兄の死から学んだこと、それは物語にとって登場人物は欠かせない、どういう死に方をしたかでその人となりが分かるということです。

What I learned from my brother’s death was that character is essential: What he was, was how he died.

     *     *     *

「キミは間に合わないと思う」

火曜日の朝、彼はパロアルトまで急いで来て欲しいと電話をかけてきました。愛おしむような愛情に満ちた声でしたが、どこかもう車に荷物を積んで、旅の一歩を踏み出してしまったという感じがありました。みんなを残していくことになって済まない、ほんとに済まないと・・・

Tuesday morning, he called me to ask me to hurry up to Palo Alto. His tone was affectionate, dear, loving, but like someone whose luggage was already strapped onto the vehicle, who was already on the beginning of his journey, even as he was sorry, truly deeply sorry, to be leaving us.

別れのことばを言い始めたので、私は遮っていいました。「待って、行くから。今空港へ行くタクシーの中よ。きっと行くから」と。

He started his farewell and I stopped him. I said, “Wait. I’m coming. I’m in a taxi to the airport. I’ll be there.”

「ハニー、電話しているのは、キミが間に合わないと思うからだよ・・・」

“I’m telling you now because I’m afraid you won’t make it on time, honey.”

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着いてみると

着いてみると、彼は Laurene は冗談を交わしているところでした。一生毎日一緒に過ごしてきた相棒同士のように。彼は視線をそらすことができないというように、子供たちの目を覗き込んでいました。

When I arrived, he and his Laurene were joking together like partners who’d lived and worked together every day of their lives. He looked into his children’s eyes as if he couldn’t unlock his gaze.

午後2時頃までは、Laurene に起こしてもらって、アップルの友人たちと話をさせることができました。

Until about 2 in the afternoon, his wife could rouse him, to talk to his friends from Apple.

しばらくすると、もう声をかけても目を開けてくれないことがはっきりしました。

Then, after awhile, it was clear that he would no longer wake to us.

     *     *     *

息づかいが変わった

息づかいが変わりました。辛そうで、じっくりと、意図しているかのように。また彼が歩みを数え始めたのだと気付きました。前より一歩でも遠くへと。

His breathing changed. It became severe, deliberate, purposeful. I could feel him counting his steps again, pushing farther than before.

私が悟ったこと、それは彼が死に対してすら努力をしたということです。死が Steve に訪れたのではありません。彼が死を成し遂げたのです。

This is what I learned: he was working at this, too. Death didn’t happen to Steve, he achieved it.

一緒に年とることができなくて済まない、ほんとに済まないと彼がいったとき、彼はもっといい場所への旅立ちを告げていたのです。

He told me, when he was saying goodbye and telling me he was sorry, so sorry we wouldn’t be able to be old together as we’d always planned, that he was going to a better place.

Fischer 医師は真夜中までもつ可能性は五分五分だといいました。

Dr. Fischer gave him a 50/50 chance of making it through the night.

彼は一晩持ちこたえました。Laurene はずっとベッドに付き添い、呼吸の合間が長引くとびくっと飛び起きました。彼女と私は視線を交わします。するとまた深く息を吸い込み、呼吸が始まるのです。

He made it through the night, Laurene next to him on the bed sometimes jerked up when there was a longer pause between his breaths. She and I looked at each other, then he would heave a deep breath and begin again.

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やり遂げなければ

やり遂げなければ。この期に及んでもなお彼は毅然として、端正で、絶対君主のような、夢想家のような横顔をしていました。彼の息遣いから、急峻な山道を登る苦しい旅をしていることが分かりました。

This had to be done. Even now, he had a stern, still handsome profile, the profile of an absolutist, a romantic. His breath indicated an arduous journey, some steep path, altitude.

山を登っているようでした。

He seemed to be climbing.

その意思、仕事の使命感、その力強さ、そしてそこには Steve の不思議を求める心がありました。細部にこだわり、より美しいものを後世に残そうとする芸術家の信念が・・・

But with that will, that work ethic, that strength, there was also sweet Steve’s capacity for wonderment, the artist’s belief in the ideal, the still more beautiful later.

     *     *     *

最後のことば

Steve が数時間前に発した単音節の三度の繰り返し、それが彼の最後のことばとなりました。

Steve’s final words, hours earlier, were monosyllables, repeated three times.

旅立つ前に、彼は妹の Patty を見やり、それから長い間子供たちに、そして生涯の伴侶 Laurene に視線を移し、それから彼らの肩越しに遠くを見ました。

Before embarking, he’d looked at his sister Patty, then for a long time at his children, then at his life’s partner, Laurene, and then over their shoulders past them.

Steve の最後のことば。

Steve’s final words were:

オウ、ワオ。オウ、ワオ。オウ、ワオ。

OH WOW. OH WOW. OH WOW.

— 完 —

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裸の人間 Steve Jobs に直接向き合っているようで、襟元を正した。

そこには巷間エクセントリックと評された人間ではなく、抗いようのない運命と最後まで戦うひとりの人間の姿がある。

Mona Simpson の手記と同時に、伝記『スティーブ・ジョブズ』の最終2章を読んだ。「三度目の病気療養休養(2011年)」以降の部分は、余命幾ばくもないことがあきらかになったあと加筆されたのではないかと思う。

一筋縄ではいかない稀有の天才 Steve Jobs を理解するためには、Walter Isaacson の伝記本の他に、Mona Simpson の手記のような、Jobs の人格に寄り添い、心の内面に踏み込んで書かれたものが必要だと思う。

いつの日かきっと、作家 Mona Simpson の手になるジョブズの本が出るのではないかという気がした・・・

★ →[原文を見る:Original Text

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《関連》

血を分けた兄の死(4)— 死
血を分けた兄の死(3)— 病い
血を分けた兄の死(2)— 彼の人生
血を分けた兄の死(1)

《参考:日本語訳》

Mona Simpson の手記には多くにひとが触発されて日本語訳を試みている。

いずれも練達の士によるすばらしい日本語なので、併せてご覧ください。

スティーブ・ジョブズの妹モナ・シンプソンの追悼演説:A Sister’s Eulogy for Steve Jobs | Long Tail World
妹からスティーブ・ジョブスへの弔辞 | はてな匿名ダイアリー

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[スタンフォード Memorial Church:photo

Mona Simpson の追悼の辞のつづき

Steve Jobs の病いについて。

NYTimes.com: “A Sister’s Eulogy for Steve Jobs” by Mona Simpson: 30 October 2011

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病い

そして Steve は病気になりました。彼の生活の範囲が小さくなっていくのを見守りました。かつて、彼はパリの街を歩くのが好きでした。京都では手打ち蕎麦の店を見つけました。ダウンヒルスキーは優雅で上手でした。クロスカントリースキーは不器用でしたが。しかしもうそれも出来ません。

Then, Steve became ill and we watched his life compress into a smaller circle. Once, he’d loved walking through Paris. He’d discovered a small handmade soba shop in Kyoto. He downhill skied gracefully. He cross-country skied clumsily. No more.

とうとう、おいしい桃のような普通の楽しみすら受け付けなくなりました。

Eventually, even ordinary pleasures, like a good peach, no longer appealed to him.

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「きっと出来るわよ、Steve」

それでも、彼の病いから学んだこと、多くのものが失われても、なお多くのことが残っていることを知ったのは大きな驚きでした。

Yet, what amazed me, and what I learned from his illness, was how much was still left after so much had been taken away.

私の兄が椅子を使ってふたたび歩けるように練習していたのを覚えています。肝臓手術の後、一日一度は椅子の背に腕をのばして両足で立とうとしました。とても身体を支えきれないほどか細い足なのに。メンフィス病院の廊下を、ナースステーションの方へ椅子を押して行き、そこで椅子にすわって休みます。それからまた向きを変えて歩き始める。彼は毎日自分の歩数を数え、毎日少しずつ延ばしていったのです。

I remember my brother learning to walk again, with a chair. After his liver transplant, once a day he would get up on legs that seemed too thin to bear him, arms pitched to the chair back. He’d push that chair down the Memphis hospital corridor towards the nursing station and then he’d sit down on the chair, rest, turn around and walk back again. He counted his steps and, each day, pressed a little farther.

Laurene は膝をついて彼の目を覗き込みます。

Laurene got down on her knees and looked into his eyes.

「きっと出来るわよ、Steve」と。彼は目を大きく見開き、唇をかたく結びました。

“You can do this, Steve,” she said. His eyes widened. His lips pressed into each other.

彼は努力しました。いつも、いつも努力をやめませんでした。その努力を支えたのは彼女の愛情があったからです。彼はとても情に動かされやすいひとでした。

He tried. He always, always tried, and always with love at the core of that effort. He was an intensely emotional man.

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いくつか目標を設定した

その恐ろしい日々においてすら、Steve は自分のためだけに苦痛を耐えていたのではなかったのです。彼はいくつか目標を定めていました。息子 Reed の高校卒業、娘 Erin の京都旅行、ボートの進水式など。ボートは家族を乗せて世界一周するためのものでした。彼も Laurene もいずれは引退するのだからと。

I realized during that terrifying time that Steve was not enduring the pain for himself. He set destinations: his son Reed’s graduation from high school, his daughter Erin’s trip to Kyoto, the launching of a boat he was building on which he planned to take his family around the world and where he hoped he and Laurene would someday retire.

病気になっても、彼の趣味と、選別眼と、判断力は変わりませんでした。67 人の看護師と出会い、気心の合う、完全に信頼できる3人を見つけました。Tracy、Arturo、Elham の3人です。彼らは最後まで付き添いました。

Even ill, his taste, his discrimination and his judgment held. He went through 67 nurses before finding kindred spirits and then he completely trusted the three who stayed with him to the end. Tracy. Arturo. Elham.

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氷さえも禁じられて

あるとき Steve は悪性の肺炎に罹りました。医師はすべてのものを、氷さえも禁じました。入院していたのは普通の ICU[集中治療室]でした。普段は行列の割り込みや、顔パスを嫌がった Steve でしたが、一度だけこういったことがあります。もう少し特別待遇をしてくれてもいいじゃないかと・・・

One time when Steve had contracted a tenacious pneumonia his doctor forbid everything — even ice. We were in a standard I.C.U. unit. Steve, who generally disliked cutting in line or dropping his own name, confessed that this once, he’d like to be treated a little specially.

私は彼にいいました。「Steve、これは特別待遇なのよ。」

I told him: Steve, this is special treatment.

彼は私の方を向いていいました。「それをもう少し特別にして欲しいのだよ」と。

He leaned over to me, and said: “I want it to be a little more special.”

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メモ帳に

ノドに管を差し込まれて口がきけないときは、メモ帳を要求しました。iPad を病床で使えるように支えるスタンドをスケッチしました。新しい液晶モニターやX線装置をデザインしました。十分な特別待遇とは思えない病棟をデザインし直しました。妻の Laurene が部屋にはいってくるたびに、彼の顔に笑みが浮かぶのが分かりました。

Intubated, when he couldn’t talk, he asked for a notepad. He sketched devices to hold an iPad in a hospital bed. He designed new fluid monitors and x-ray equipment. He redrew that not-quite-special-enough hospital unit. And every time his wife walked into the room, I watched his smile remake itself on his face.

これはとても重要なことだよ、ほんとうだ、と彼はメモ帳に書きました。そうして彼は見上げます。頼むから、と。

For the really big, big things, you have to trust me, he wrote on his sketchpad. He looked up. You have to.

それは、医師が禁じたひとかけらの氷が欲しいということでした。

By that, he meant that we should disobey the doctors and give him a piece of ice.

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気分のいい日には

この世にいつまで生きられるのか誰にも分かりません。彼は気分のいい日には、最後の年でさえ、プロジェクトに手をつけ、アップルの友人たちに完成させることを約束させました。オランダの造船所ではゴージャスなステンレス製の船体に仕上げの木材を貼付けるだけになっていました。3人の娘はまだ結婚していません。下の二人はまだ少女です。私の結婚式のときのようにどんなにか彼女たちと一緒に歩きたいと願ったことでしょう。

None of us knows for certain how long we’ll be here. On Steve’s better days, even in the last year, he embarked upon projects and elicited promises from his friends at Apple to finish them. Some boat builders in the Netherlands have a gorgeous stainless steel hull ready to be covered with the finishing wood. His three daughters remain unmarried, his two youngest still girls, and he’d wanted to walk them down the aisle as he’d walked me the day of my wedding.

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これまで語られることのなかった Jobs の闘病生活。

強い意志をもったひとりの人間の病いとの闘いが描かれる。

Jobs の病気休暇の中身はこういうことだった・・・

★ →[原文を見る:Original Text

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《関連》

血を分けた兄の死(4)— 死
血を分けた兄の死(3)— 病い
血を分けた兄の死(2)— 彼の人生
血を分けた兄の死(1)

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[スタンフォード Memorial Church:photo

Mona Simpson の追悼の辞のつづき

Steve Jobs の人生について。

NYTimes.com: “A Sister’s Eulogy for Steve Jobs” by Mona Simpson: 30 October 2011

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好きな事を一生懸命

Steve は好きなことを仕事にしました。一生懸命働きました。毎日毎日を。

Steve worked at what he loved. He worked really hard. Every day.

信じられないほど単純ですが、本当のことです。

That’s incredibly simple, but true.

ボーッとしているのの正反対、それが Steve でした。

He was the opposite of absent-minded.

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失敗を恐れず

一生懸命仕事をすることを決して恥ずかしいとは感じませんでした。たとえ結果が失敗に終わっても。Steve のように聡明なひとが失敗を恐れず試みるのであれば、私だって恥じる必要はないと思います。

He was never embarrassed about working hard, even if the results were failures. If someone as smart as Steve wasn’t ashamed to admit trying, maybe I didn’t have to be.

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辛い時期

アップルを追われたときは彼にとって辛い時期でした。当時の現職大統領がシリコンバレーの 500 人のリーダーたちと会食したディナーの話をしてくれたことがあります。Steve は招待されませんでした。

When he got kicked out of Apple, things were painful. He told me about a dinner at which 500 Silicon Valley leaders met the then-sitting president. Steve hadn’t been invited.

傷ついた彼は、それでも Next に仕事に行きました。一日も欠かさずに。

He was hurt but he still went to work at Next. Every single day.

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美こそが最高の価値

Steve にとって目新しさは最高の価値ではありませんでした。美こそが最高の価値だったのです。

Novelty was not Steve’s highest value. Beauty was.

イノベーターにしては Steve は並外れて忠実なところがありました。気に入ったシャツがあれば、10 着、いや 100 着を注文しました。パロアルトの家には多分今夜ご参列のみなさま全部が着れるほどの木綿の黒のタートルネックがあると思います。

For an innovator, Steve was remarkably loyal. If he loved a shirt, he’d order 10 or 100 of them. In the Palo Alto house, there are probably enough black cotton turtlenecks for everyone in this church.

流行や人目を惹くトリックを彼は良しとはしませんでした。彼は自分と同世代のひとが好きでした。

He didn’t favor trends or gimmicks. He liked people his own age.

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後になっても美しいもの

美に対する彼の哲学はこんな引用を思い出させます。「ファッションとは今は美しく見えても、後になれば醜くく見えるものだ。芸術は初めは醜いかもしれないが、後になれば美しくなる。」

His philosophy of aesthetics reminds me of a quote that went something like this: “Fashion is what seems beautiful now but looks ugly later; art can be ugly at first but it becomes beautiful later.”

Steve はいつも後になって美しくなるものを求めました。

Steve always aspired to make beautiful later.

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誤解を恐れない

彼は誤解されることを恐れませんでした。

He was willing to be misunderstood.

ディナーへ招待されることなく、彼は3台目か4台目になる黒のスポーツカーで Next へ通いました。彼のチームが新しいプラットフォームを密かに作っていたのです。それは後に Tim Berners-Lee が World Wide Web のプログラムを書くことになったものです。

Uninvited to the ball, he drove the third or fourth iteration of his same black sports car to Next, where he and his team were quietly inventing the platform on which Tim Berners-Lee would write the program for the World Wide Web.

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愛は至高の徳

長い時間をかけて愛について語る Steve はまるで少女のようでした。愛は彼にとって至高の徳、善の中の善だったのです。彼は一緒に仕事をしている同僚の恋愛問題を語り、心配していました。

Steve was like a girl in the amount of time he spent talking about love. Love was his supreme virtue, his god of gods. He tracked and worried about the romantic lives of the people working with him.

女性が飛びつきそうな男性を見かけると、「ヘイ、キミは独身かい? ボクの妹とデートしないか?」と必ず声をかけたものです。

Whenever he saw a man he thought a woman might find dashing, he called out, “Hey are you single? Do you wanna come to dinner with my sister?”

Laurene に会った日に彼が掛けてきた電話を覚えています。「とても美しいひとがいる。頭がよくて、犬を飼っていて、彼女と結婚しようと思うんだ。」

I remember when he phoned the day he met Laurene. “There’s this beautiful woman and she’s really smart and she has this dog and I’m going to marry her.”

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血のつながった父親

Reed が産まれると、愛情が溢れ出し、止むことはありませんでした。それぞれの子供にとって彼は文字通り血のつながった父親でした。Lisa のボーイフレンドに一喜一憂し、Erin の旅行やスカートの丈を心配し、Eve が大好きな馬が安全かどうか心配しました。

When Reed was born, he began gushing and never stopped. He was a physical dad, with each of his children. He fretted over Lisa’s boyfriends and Erin’s travel and skirt lengths and Eve’s safety around the horses she adored.

Reed の卒業式パーティに出席したひとはみな、Reed と Steve のスローダンスを決して忘れないでしょう。

None of us who attended Reed’s graduation party will ever forget the scene of Reed and Steve slow dancing.

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変わらぬ愛

Laurene への変わらぬ愛は彼の支えでした。愛はどこでもいつでもあるというのが彼の考えでした。いちばん大切な意味で、Steve は皮肉屋でも、シニカルでもなく、ペシミストでもありませんでした。今でもその点を彼から学ぼうとしています。

His abiding love for Laurene sustained him. He believed that love happened all the time, everywhere. In that most important way, Steve was never ironic, never cynical, never pessimistic. I try to learn from that, still.

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地に足の着いた普通のこども

Steve は若くして成功し、それが彼を孤独にしたのだと信じていました。彼と知り合って以来、彼はたくさんのことをしましたが、その多くは自分の回りにできた壁を取り除こうとするものだったのです。Los Altos 出身の中流階級の若者が New Jersey 出身の少女と恋に落ちる。二人にとって4人の子供たち、Lisa、Reed、Erin と Eve を地に足の着いた普通のこどもとして育てることが重要だったのです。彼らの家には美術品やピカピカしてひとを脅かすものはありませんでした。Steve が Lo[Laurene]と知り合った最初の年、二人がよく芝生で夕食をとったのを覚えています。ときには野菜が一種類だけ。それもたくさん。たった一種類の野菜、ブロッコリです。食べごろで、ほとんど手を加えず、摘んだばかりのハーブを添えて・・・

Steve had been successful at a young age, and he felt that had isolated him. Most of the choices he made from the time I knew him were designed to dissolve the walls around him. A middle-class boy from Los Altos, he fell in love with a middle-class girl from New Jersey. It was important to both of them to raise Lisa, Reed, Erin and Eve as grounded, normal children. Their house didn’t intimidate with art or polish; in fact, for many of the first years I knew Steve and Lo together, dinner was served on the grass, and sometimes consisted of just one vegetable. Lots of that one vegetable. But one. Broccoli. In season. Simply prepared. With the just the right, recently snipped, herb.

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若き百万長者

若き百万長者なのに、いつも Steve は自分で私を空港に迎えに来てくれました。空港にはジーンズを着た彼が立っていました。

Even as a young millionaire, Steve always picked me up at the airport. He’d be standing there in his jeans.

家族の誰かが仕事中に電話をかけると、秘書の Linetta が出てきていいます。「パパは会議中です。会議を中断してお呼びしますか?」

When a family member called him at work, his secretary Linetta answered, “Your dad’s in a meeting. Would you like me to interrupt him?”

Reed がハロウィーンで魔女の扮装をするといって聞かないと、Steve も Laurene も、Erin も Eve もみんな魔女宗に転向するのです。

When Reed insisted on dressing up as a witch every Halloween, Steve, Laurene, Erin and Eve all went wiccan.

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台所の改装

家族が台所を改装しようとしたことがあります。何年もかかりました。その間は、ガレージのホットプレートを使って料理をしたのです。同じころ Pixar のビルの工事もありましたが、半分の時間で完成しました。でもパロアルトの家はそういうことだったのです。バスルームは古いままでした。しかしこの点が大事なのですが、初めはとてもいい家だったのです。Steve が選んだのですから・・・

They once embarked on a kitchen remodel; it took years. They cooked on a hotplate in the garage. The Pixar building, under construction during the same period, finished in half the time. And that was it for the Palo Alto house. The bathrooms stayed old. But — and this was a crucial distinction — it had been a great house to start with; Steve saw to that.

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一番いい自転車が買える

彼が成功をエンジョイしなかったわけではありません。とてもエンジョイしていました。ほんのちょっとのことを除けば・・・。パロアルトの自転車店にいくのが大好きで、そこで一番いい自転車を買えると分かるのがどんなにうれしかったか、私に語ってくれたことがあります。

This is not to say that he didn’t enjoy his success: he enjoyed his success a lot, just minus a few zeros. He told me how much he loved going to the Palo Alto bike store and gleefully realizing he could afford to buy the best bike there.

そして彼は実際手に入れたのです。

And he did.

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学ぶことが好き

Steve は謙虚でした。学び続けることが好きでした。

Steve was humble. Steve liked to keep learning.

もし違う育ち方をしたら数学者になったかもしれないといったことがあります。大学のことは崇めるように話しましたし、スタンフォードのキャンパスを散歩するのが好きでした。最後の年、画家 Mark Rothko の本を勉強していました。それまで知らなかった画家でしたが、将来アップルキャンパスの壁にどれを飾ったら夢を与えてくれるだろうと考えていたのです。

Once, he told me if he’d grown up differently, he might have become a mathematician. He spoke reverently about colleges and loved walking around the Stanford campus. In the last year of his life, he studied a book of paintings by Mark Rothko, an artist he hadn’t known about before, thinking of what could inspire people on the walls of a future Apple campus.

Steve には物好きなところがありました。他の CEO で英国や中国のティー・ローズの歴史を知っているひとがいるでしょうか。現に David Austin のバラを持っているひとが?

Steve cultivated whimsy. What other C.E.O. knows the history of English and Chinese tea roses and has a favorite David Austin rose?

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驚きの詰まったポケット

彼のすべてのポケットには驚きが詰まっていました。Laurene ですらびっくりするのではないかと思います。類をみない親密な結婚生活を20年も送った彼女ですら。彼の愛した音楽、切り抜いて引き出しにしまってある詩の一節、などなど様々な驚きです。彼とは一日おきに話をしました。それでも NY タイムズを開いて、アップルの特許に関する特集、完璧な階段のスケッチを見たときは無性にうれしいでした。

He had surprises tucked in all his pockets. I’ll venture that Laurene will discover treats — songs he loved, a poem he cut out and put in a drawer — even after 20 years of an exceptionally close marriage. I spoke to him every other day or so, but when I opened The New York Times and saw a feature on the company’s patents, I was still surprised and delighted to see a sketch for a perfect staircase.

4人の子供たち、そして妻 Laurene、私たちみんなに囲まれて、Steve は楽しみに溢れていました。

With his four children, with his wife, with all of us, Steve had a lot of fun.

彼は幸せを大切にしました。

He treasured happiness.

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Jobs の懐にはいったひとから話を聞いているような感じがする。

長い間メディアが報じてきたのとは別人だ・・・

★ →[原文を見る:Original Text

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《関連》

血を分けた兄の死(4)— 死
血を分けた兄の死(3)— 病い
血を分けた兄の死(2)— 彼の人生
血を分けた兄の死(1)

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[スタンフォード Memorial Church:photo

Steve Jobs の実の妹 Mona Simpson がスタンフォードチャーチの追悼式で心温まるスピーチをしたことは聞いていた。

スピーチの全文が NY タイムズに掲載されている。

共に父親探しの旅に出てから、最後の死に至る瞬間まで、常に Jobs の傍らにいて、彼の人となりをよく知っていた妹のことばだ。

抜粋したり、要約するのが憚られるほど心に響く内容だ。

迷ったが、何度かに分けて訳してみたいと思う。

NYTimes.com: “A Sister’s Eulogy for Steve Jobs” by Mona Simpson: 30 October 2011

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シングルマザーの独りっ子

私はシングルマザーの独りっ子として育ちました。貧しくて、父がシリアの移民であることを知っていましたから、オマール・シャリフのようなひとではないかと想像していました。金持ちで、優しくて、いつの日か自分たちの家(まだ家具さえないアパート)に現れて、助けてくれることを祈りました。後になって父に会いましたが、その後住所番号を変え、転送先もくれなかったのは、父がアラブの理想主義的革命の戦士だからだと考えようとしたものです。

I grew up as an only child, with a single mother. Because we were poor and because I knew my father had emigrated from Syria, I imagined he looked like Omar Sharif. I hoped he would be rich and kind and would come into our lives (and our not yet furnished apartment) and help us. Later, after I’d met my father, I tried to believe he’d changed his number and left no forwarding address because he was an idealistic revolutionary, plotting a new world for the Arab people.

     *     *     *

父親に求めたもの

自分は女性運動活動家なのに、自分が愛し、かつ相手にも愛してもらえるそんな男性を一生待ち望んでいたような気がします。何十年もの間、そんな男性は父親だと思ってきました。25歳になったとき、そんな男性に出会いました。それは自分の兄だったのです。

Even as a feminist, my whole life I’d been waiting for a man to love, who could love me. For decades, I’d thought that man would be my father. When I was 25, I met that man and he was my brother.

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見つかった兄

その頃、自分はニューヨークに住んでいて、最初の小説を書こうとしていました。小さな雑誌社のクローゼットほどしかない部屋で、3人の作家志願のライターと一緒に仕事をしていました。ある日弁護士が電話をしてきました。この私、カリフォルニアの中流階級出身の少女は、当時健康保険をかけてくれるようボスに迫っていたのです。弁護士がいうには、彼の有名な金持ちの依頼人が長い間見つからなかった私の兄だというのです。若い編集者たちは騒然となりました。1985 年のことです。私たちの仕事は流行りの文芸雑誌の仕事でしたが、まるでディッケンズの小説の筋書きに入り込んだ気がして皆大よろこびしました。兄の名前を弁護士が教えてはくれなかったので、同僚たちは賭けを始めました。予想のトップはジョン・トラボルタでした。自分としては自分より才能があり、労せずして文学作品を書けるヘンリー・ジェイムズの文学的後継者を密かに予想していました。

By then, I lived in New York, where I was trying to write my first novel. I had a job at a small magazine in an office the size of a closet, with three other aspiring writers. When one day a lawyer called me — me, the middle-class girl from California who hassled the boss to buy us health insurance — and said his client was rich and famous and was my long-lost brother, the young editors went wild. This was 1985 and we worked at a cutting-edge literary magazine, but I’d fallen into the plot of a Dickens novel and really, we all loved those best. The lawyer refused to tell me my brother’s name and my colleagues started a betting pool. The leading candidate: John Travolta. I secretly hoped for a literary descendant of Henry James — someone more talented than I, someone brilliant without even trying.

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アラブかユダヤ風の顔立ち

Steve に会ったとき、彼は同年代の若者で、ジーンズをはいていていました。アラブがユダヤ風の顔立ちで、オマール・シャリフよりハンサムでした。

When I met Steve, he was a guy my age in jeans, Arab- or Jewish-looking and handsomer than Omar Sharif.

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友だちにしたいひと

私たちは長い間散歩しました。偶然にも2人の共通の好みだったのです。初めて会った日彼が何をいったのかほとんど覚えていません。しかし自分の友だちにしたいひとだという感じがしたのは覚えています。彼はコンピュータの仕事をしているという話でした。

We took a long walk — something, it happened, that we both liked to do. I don’t remember much of what we said that first day, only that he felt like someone I’d pick to be a friend. He explained that he worked in computers.

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コンピュータのこと

コンピュータのことを自分はあまり知りませんでした。当時仕事にはまだ手動のオリベッティタイプライターを使っていましたから。

I didn’t know much about computers. I still worked on a manual Olivetti typewriter.

コンピュータを初めて買おうと思っていると Steve に話しました。多分 Cromemco とかいうコンピュータだったと思います。

I told Steve I’d recently considered my first purchase of a computer: something called the Cromemco.

Steve は待っていてよかったといいました。「正気とは思えないほど」美しいものを作ろうとしているのだと教えてくれました。

Steve told me it was a good thing I’d waited. He said he was making something that was going to be beautiful.

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彼の人生と病いと死と

Steve と知り合った27年の間の3つの時期に Steve から学んだことについて、みなさんにお話したいと思います。年数によって区切られる時期ではなく、生きた様子ではっきりと区切られる3つの時期についてです。彼の人生と、病いと、死の・・・

I want to tell you a few things I learned from Steve, during three distinct periods, over the 27 years I knew him. They’re not periods of years, but of states of being. His full life. His illness. His dying.

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Mona Simpson は初代 Macintosh が登場する以前から Steve Jobs のことを知っていた・・・

★ →[原文を見る:Original Text

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《関連》

血を分けた兄の死(4)— 死
血を分けた兄の死(3)— 病い
血を分けた兄の死(2)— 彼の人生
血を分けた兄の死(1)

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[Jony Ive at Apple Celebration – 19 October 2011]

アップル追悼式での Jonathan Ive のスピーチに心を動かされたひとは多い。

後になっても読めるようにと Geoff Coffey が追悼スピーチの全文を掲載しているので、改めてご紹介。

Posterous: “Jony Ive’s Steve Jobs Eulogy” by Geoff Coffey: 26 October 2011

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くだらんアイデアだが

Steve はよく私にいったものだ。(それも一度や二度じゃない。)「ヘイ、Jony。くだらんアイデアだが・・・。」 確かに実にくだらないときもあった。ひどすぎてどうしようもないこともあった。しかしときには部屋中がシーンとして、2人とも完全にことばを失ってしまうこともあった。大胆かつクレージー、そして素晴らしいアイデアの数々。目立たず、シンプルで、その繊細さの中に実に深いディテールが姿を潜めている。

Steve used to say to me (and he used to say this a lot), “Hey Jony, here’s a dopey idea.” And sometimes they were — really dopey. Sometimes they were truly dreadful. But sometimes they took the air from the room, and they left us both completely silent. Bold, crazy, magnificent ideas. Or quiet, simple ones which, in their subtlety, their detail, were utterly profound.

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初めは脆弱で

アイデアを愛し、モノ作りを愛したように、Steve はその創造的プロセスにも稀に見る畏敬の念をもって接した。思うに、誰よりも彼は深く理解していたのだ。アイデアが最終的には強力なものになり得るとしても、初めは脆弱で、ほとんど形をなさないものであり、たやすく見失ったり、妥協しやすく、押しつぶされやすいものであることを・・・

And just as Steve loved ideas, and loved making stuff, he treated the process of creativity with a rare and a wonderful reverence. I think he, better than anyone, understood that while ideas ultimately can be so powerful, they begin as fragile, barely formed thoughts, so easily missed, so easily compromised, so easily just squished.

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私は好きだった

一生懸命耳を傾ける彼の姿が好きだった。彼の感受性、際立った繊細さ、外科手術的ともいえる鋭い意見が好きだった。私は心底信じていた。彼の非凡な直感力と鋭さには美的なものさえ感じられると。ときにキツいこともあったけれど・・・

I loved the way that he listened so intently. I loved his perception, his remarkable sensitivity, and his surgically precise opinion. I really believe there was a beauty in how singular, how keen his insight was, even though sometimes it could sting.

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必ず掛かってくる電話

周知のように、Steve の卓越したセンスはモノ作りに限られない。一緒に旅をしたとき、チェックインして自分の部屋に入る。荷物はドアのところにおいておく。荷は解かないまま。ベッドへ行ってそこに座る。ベッドのそばの電話の傍らに座るのだ。そして必ず掛かってくる電話を待つ。「ヘイ Jony、このホテルはひどい。ここを出ようぜ。」

As I’m sure many of you know, Steve didn’t confine his sense of excellence to making products. When we travelled together, we would check in and I’d go up to my room. And I’d leave my bags very neatly by the door. And I wouldn’t unpack. And I would go and sit on the bed. I would go and sit on the bed next to the phone. And I would wait for the inevitable phone call: “Hey Jony, this hotel sucks. Let’s go.”

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我々がこだわるが故に正しい

気違いが精神病院を乗っ取るジョークを彼はよく口にした。誰も見ることのない製品のパーツに何か月も何か月も目の回るような興奮を共にしてきたからだ。目に見えるからではない。我々がそこまでやったのは、我々がこだわるが故にそれが正しいと信じたからだ。彼は信じていた。機能的に必要とされるものをはるかに超えて、それが市民としての責任とさえ考えられるほどの重力が働いているのだと・・・

He used to joke that the lunatics had taken over the asylum, as we shared a giddy excitement spending months and months working on a part of a product that nobody would ever see. Not with their eyes. We did it because we really believed it was right because we cared. He believed that there was a gravity, almost a sense of civic responsibility, to care way beyond any sort of functional imperative.

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犠牲を伴う

結果としては、必然的で、シンプルで簡単なものに見えてほしいが、それには犠牲を伴う。我々みんなにとって。何よりも彼がいちばん犠牲を強いられるのだ。最も心を砕いたのは彼だ。いちばん気を揉んだのは彼だ。彼は絶えず問い続ける。「これでいいのか? これで正しいのか?」と。すべての成功と成果にもかかわらず、達成したとは決して認めない。アイデアが出ないとき、プロトタイプが失敗したとき、彼は断固としていうのだ。いずれすばらしいものを造り出せると信じると。

While the work hopefully appeared inevitable, appeared simple and easy, it really cost. It cost us all, didn’t it? But you know what? It cost him most. He cared the most. He worried the most deeply. He constantly questioned, “Is this good enough? Is this right?” And despite all his successes, all his achievements, he never assumed that we would get there in the end. When the ideas didn’t come, and when the prototypes failed, it was with with great intent, with faith, that he decided to believe we would eventually make something great.

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美と純正さに対する勝利の証し

達成したときのよろこび! 彼の情熱と、無邪気によろこぶ姿を見るのが好きだ。(ホッとした気持ちもだいぶあったとは思うが。) そうだ、とうとうやったのだ! ついに我々はやってのけた。すばらしいことだ。彼の笑みが目に浮かぶではないか? みんなのためにすばらしいものが出来たことを祝う。シニシズムは敗北し、言い訳は拒否する。何百回となく「そうじゃない!」といわれたことも否定する。これこそ美と純正さ(口癖ではどうでもいいとよくいったけれど)に対する彼の勝利の証しだ。

But the joy of getting there! I loved his enthusiasm, his simple delight (often, I think, mixed with some relief) that, yeah, we got there. We got there in the end and it was good. You can see his smile, can’t you? The celebration of making something great for everybody, enjoying the defeat of cynicism, the rejection of reason, the rejection of being told a hundred times, “You can’t do that.” So his, I think, was a victory for beauty, for purity, and, as he would say, for giving a damn.

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Thank you, Steve.

私にとって彼は最も親しく、最も忠実な友だった。15年近く仕事を共した。(今でも私が「アルミニウム」というと言い方がおかしいといって笑う。)

He was my closest and my most loyal friend. We worked together for nearly fifteen years. (And he still laughed at the way I say “aluminium”.)

この二週間、どう別れをいえばいいのか悩んできた。「Thank you, Steve」ということばを今朝の結びのことばにしたいと思う。キミの素晴しいビジョンに対して、並外れたひとびとを結びつけ鼓舞してきたことに対して感謝を捧げたい。キミから学んだすべてのこと、これからもお互いに学び続けることに対して。Thank you, Steve.・・・

For the past two weeks, we’ve all been struggling to find ways to say goodbye. This morning I simply want to end by saying, “Thank you, Steve.” Thank you for your remarkable vision, which has united and inspired this extraordinary group of people. For all that we have learned from you, and for all that we will continue to learn from each other: Thank you, Steve.

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心打つスピーチだ。

ひとつひとつのことばが、Jobs と共に長い時間を過ごした者のみが語れる本物のことばであることを直感させる。

Jonathan Ive はデザイナーとしてだけでなく、話し手としても素晴らしい達人であることが分かる。

すばらしいデザイナーは、真に善きものをことばでも伝えることが出来るということなのだろう。

ぜひとも Ive の8分間のスピーチを再度ご覧いただきたい。

アップルの公式ビデオ[49 分ごろから]
Celebrating Steve | Apple

ジョニー・アイブのスピーチ
Jonathan Ive, at celebration o Steve Jobs life | YouTube

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Jobs 亡き後のアップルに欠かせないプレゼンターとしての資質を Ive が備えていることを窺わせるに十分だ。

しかし Jobs が亡くなる前日の iPhone 4S 発表イベントに彼の姿はなかった。

イベントに付きものの新製品紹介ビデオでも、いつもならトップにくる Ive の姿はない。

あまりにきれいさっぱり無さ過ぎて、Ive の存在を消し去ったのかと勘ぐりたくなるほどだ。

それだけではない。

Jobs をして「スピリチュアル・パートナー」とまでいわしめた Ive のことが、アップル追悼式までまったく聞こえてこなかった。

アップル追悼式のセレモニーでは、Ive の出番は Tim Cook、Bill Campbell、Norah Jones、Al Gore に続く5番目で音楽演奏の後だった。

久しぶりにその姿を見たとき、「やっと姿を見せた」という気がした。

Jobs 亡きが故に一層期待される Jonathan Ive だが、これまでどおりの活躍が見られることをぜひとも期待したい・・・

★ →[原文を見る:Original Text

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Jonathan Ive, at celebration o Steve Jobs life | YouTube]

アップル本社の Steve Jobs 追悼式で語る Jonathan Ive のスピーチが話題になっている。

どちらかといえば、口べた、意余って言葉足らずという印象を受けていた Jonathan Ive だが、どうしてどうして追悼スピーチを聞くかぎりなかなかの名演説家だ。

それもベタベタの Jobs 礼賛ではなく、英国ユーモアを交えて、チクリとやることも忘れない。

一番おもしろかったのは、一緒に旅行するときの儀式ともいえるエピソードだ(2:30 ごろ)。[拙訳参考

チェックインして部屋に入ったばかりの Jobs が最初に Ive に電話してくるセリフは泣ける。

そういう Jobs の人となりを知悉(ちしつ)していた Ive なればこそのエピソードだろう。

その Jobs が Ive のことを「スピリチュアル・パートナー」と呼んでいる。公認自伝の一節

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スピリチュアル・パートナー

彼[Jobs]はアップルのデザインチーフ Jonathan Ive を自分の「スピリチュアル・パートナー」と呼んだ。アップルでは Jobs 以外の誰よりも Ive が巨大な「オペレーション権限」を有している、アップルの誰も Ive に対してどうせよこうせよとは言えないのだと Isaacson に語った。「自分がそういうふうにお膳立てしたのだ」と Jobs が語ったという。

He called Jonathan Ive, Apple’s design chief, his “spiritual partner” at Apple. He told Isaacson Ive had “more operation power” at Apple than anyone besides Jobs himself — that there’s no one at the company who can tell Ive what to do. That, says Jobs, is “the way I set it up.”

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Jobs にとって「spiritual」ということばは特別の意味も持つように思える。

そんな Ive の様子がサッパリ聞こえてこないのは不思議だ・・・

[via FSMdotCOM

★ →[ビデオを見る:YouTube Video

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[アップル本社ビル:photo

Jobs について書かれた小文のひとつ・・・

plucky tree: “The last time I saw Steve Jobs” by Christopher Hynes: 07 October 2011

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小さな出来事

1999 年4月から 2011 年7月まで私はアップルで働いた。これまでひとに話したことはないけれど、いつも思い出すある小さな出来事について(とくに重要なことではないが)お話したい。

I worked at Apple from April of 1999 through July of 2011. I’ve never written publicly about that experience, but I wanted to share a little moment that will always be with me, even though it’s not of any great significance.

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Steve と出会った

アップルの仕事を辞めたあと、ある日昼食に立ち寄った。One Infinite Loop[注:アップル本社の番地]の本館を出ようとしたら、数歩先を Steve Jobs が歩いていた。ずいぶん痩せていたが跳ねるような歩き方は変わらなかった。アップルのような大きな会社でも Steve と出くわすことは意外とよくあるのだ。

After leaving my job at Apple, I dropped in for lunch one day. I was exiting the main building, Infinite Loop One, and just ahead of me was Steve Jobs, walking with the usual spring in his step that never seemed to go away even as he started looking more frail. Bumping into Steve was a surprisingly common occurrence for such a large company as Apple.

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[One Infinite Loop のサイン:photo

立っていた家族

Steve は道路脇に停めてドアを開いたまま、アイドリングして待っている車に向かっていた。建物の外のアップルのサインのところに、ひと組の家族が立っていた。アップルに来た記念写真をよく撮る場所だ。

Steve was heading towards a car parked next to the curb with its door open, waiting for him. The car was idling. A family was standing near the Apple sign outside the building, a common site for people to take photos on their pilgrimages to Apple.

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エクスキューズミー、サー

Steve が側を通り過ぎると、父親らしきひとがいった。「エクスキューズミー、サー。写真を撮っていただけませんか?」

The father turned to Steve as he passed close by and asked, “Excuse me, sir, would you mind taking our photo?”

差し出された iPhone を見て一瞬躊躇した Steve は、彼が誰なのかその家族が気付いていないらしいことを見てとった。「もちろん!」と熱意を込めて彼は返事をし、iPhone を受け取った。

Steve paused for a moment as an iPhone was extended to him, realizing that they didn’t seem to know who he was. With a hint of enthusiasm, he said “Sure!” as he took the iPhone into his hands.

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一生懸命構図を考えて

Steve は一生懸命写真の構図を考え、何度か後ずさりまでして、iPhone のスクリーンをタップして焦点をロック、「スマイル!」といいながら写真を撮った。その家族にもそうして欲しいというように彼自身も少し微笑みを浮かべていた。

Steve took a great deal of care composing the photo, backing up a few steps several times, tapping the iPhone screen to lock focus, then said “Smile!” as he snapped the photo, grinning a little bit himself to encourage the family to follow suit.

iPhone を返すとその家族は「サンキュー・サー」と礼をいった。Steve は車に乗り込み、ドアを閉じて走り去った。彼らは Steve が撮ってくれた写真がちゃんと写っていることを確かめ、iPhone をポケットに納めて立ち去った。

He handed back the iPhone and they said “Thank you, sir” as Steve stepped into his car, closed the door, and was driven away. The family looked at the photo that Steve had taken and all agreed that it looked great. Then the iPhone was pocketed and they were on their way.

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それが最後だった

それが Steve Jobs を見た最後だった。

And that was the last time I saw Steve Jobs.

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こういう話にはヨワい・・・

★ →[原文を見る:Original Text

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