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Posts Tagged ‘Steve Wozniak’

[The Twentieth Anniversary Macintosh Experience | YouTube

オリジナル Macintosh を現代風にアレンジしたデザインが先日話題になった

とても実用的とはいえないが、それでも古くからのマックユーザーは心をくすぐられる。

ことほどさように時代物のマックはオールドファンにとって懐かしい存在だ。

20周年記念モデルの「TAM」もそんなマックのひとつだ。Twentieth Anniversary Macintosh の略で、アップルが創業20周年を記念して発売した限定モデルのことだ。

少し前だが、オーストラリアの映像アーチスト Max Piantoni が「TAM」に付属する体験 CD の紹介をしていた。

Video: The Twentieth Anniversary Macintosh Experience CD | TUAW

young_jony

この珍しい体験 CD(Experience CD)の見所は、若き日の Jony Ive が TAM のプロモーションビデオに登場しているところ。後に iMac の先駆けとなるこのオールインワンのマックについて彼が語っているのだ。[5:45 ごろから]

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実はこの20周年記念限定モデル「TAM」はいわくつきの製品でもあった。

1997 年の Macworld Expo で発表され、2人のスティーブに贈られたものだ。しかしこのときの Gil Amelio のキーノートは「アップル史上最悪かつ最もぶざまな製品発表」といわれた。(キーノートのジョブズの憮然たる表情はなんとも印象的だ。)

まだジョブズがアップルに復帰する前の、Amelio の時代のことだった。

ジョブズがこの TAM を嫌っていたのは有名だ。

アップルに復帰したジョブズがまず最初にやったのは Amelio の机に乗っていた TAM を窓から放り出すことだったという伝説(真偽のほどは分からない)まであるほど。

そんな TAM を Jony Ive がプロモートしているのだから皮肉だ。

その後時を経てこのデザインは現在のオールインワン iMac に結実することになる。

冒頭の Max Piantoni が解説するビデオの他にも、Jony Ive の部分だけを抜き出したものもある。

若き日の Jony Ive(まだ髪もフサフサ)が見れるだけでも貴重だ・・・

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[Apple I を持って Apple II の前に立つ Bill Fernandez:TechRepublic

Apple II を世に出すのは決して簡単なことではなかった・・・

2人のスティーブが共同で立ち上げたアップルの最初の社員 Bill Fernandez が語る Apple II の話がたいへん興味深い。

Apple’s first employee: The remarkable odyssey of Bill Fernandez | TechRepublic

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Woz のミニマリズム

Apple II こそアップルをアップルたらしめた製品だった。その時代の iPhone であり、その後登場したすべてのマシンを定義し直すものだった。

The Apple II was the product that turned Apple into Apple. It was the iPhone of its era, the product that redefined every machine like it that came afterward.

真のマジックは Wozniak のミニマリズムだった。誰も考えつかないやり方で、多くのテクノロジーと部品をひとつのデバイスに詰め込んだ。しかもできるだけ少ない部品で。Wozniak が自伝で述べたように、「初めてのローコスト・コンピュータで、ギークでなくても買ったその日からすぐ使えるもの」だった。

Its real magic was Wozniak’s minimalism. He integrated many technologies and components that no one else had put together in the same device, and he did it with as few parts as possible. It was, as Wozniak wrote in his autobiography, “the first low-cost computer which, out of the box, you didn’t have to be a geek to use.”

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配線図すらなかった

Wozniak は天才だったが、Apple II は彼の頭の中にあるだけで、まだみんなが使える製品にするわけにはいかなかった。

But as genius as Wozniak was, the Apple II almost didn’t make it out of his brain and into a product that the rest of the world could use.

アップルの最初の社員のひとり Daniel Kottke によれば、「1976 年の Apple II は動きさえしなかった。Woz のプロトタイプはちゃんと動いた。しかし回路基板にすると、これが動かないのだ・・・。これではダメだった。Woz にもどうしようもなかった。さらに悪いことに、配線図すらなかった。」

Daniel Kottke, one of Apple’s first dozen employees, said, “[In 1976] the Apple II did not even work. Woz’s prototype worked. But when they laid it out as a circuit board, it did not work reliably… It was unacceptable. And Woz did not have the skills to fix that… But, it was even worse than that. They did not even have a schematic.”

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最初の仕事は配線図を起こすこと

新しく投資家の資金を得たアップルは、初めての技術チーフとして Rod Holt を雇ったばかりだった。しかし仕事を始めてみると、配線図が大きな問題だった。Woz の作った Apple II のプロトタイプはチップと配線をしこたま段ボールの靴箱に詰めただけのものだった。まだ人数の少ないアップルにとって、この驚くべきコンセプトマシンを実際に製造可能で、販売可能な製品にする必要があった。

Newly funded by investors, Apple had just hired Rod Holt as the company’s first engineering chief, and this was one of the big problems that Holt walked into when he took the job. At the time Woz’s Apple II prototype was a bunch of wires and chips in a cardboard shoebox. The tiny Apple team had to take this amazing concept machine and turn it into a product that could be manufactured and sold in stores.

Apple II を製造できるようにするためには、すべての部品の技術情報が必要だった。そこで Holt は Fernandez にその仕事を頼んだ。

In order to make the Apple II a buildable product, Apple needed a full technical readout of all the component parts, so that’s what Holt assigned to Fernandez.

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すべては頭の中に

「Woz がデザインしたものは、すべて彼の頭の中にあった」と Fernandez はいう。「彼にとって必要なものといえば数ベージのメモとスケッチで、それさえあれば全体的な構造や細かい微妙な部分まで思い出せるのだった。一方アップルが必要としたのは、すべての部品とそれをどう配線すればいいかという完璧な配線図だったのだ。」

“When Woz designed something, most of the design was in his head,” said Fernandez. “The only documentation he needed was a few pages of notes and sketches to remind him of the overall architecture and any tricky parts. What the company needed was a complete schematic showing all the components and exactly how they were wired together.”

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プロトタイプからリバースエンジニアリング

Holt と Fernandez がやろうとしたのは、Wozniak が作ったプロトタイプをリバースエンジニアリングしてもっと標準的で再現可能なものにすることだった。

That meant that Holt and Fernandez had to take the prototype that Wozniak had made and reverse engineer it to create something more standard and repeatable.

「Bill と Rod はなんとかしてロジックボードから配線図を起こそうとした。それまでにあった配線図は信用できなかったからだ」と Kottke はいう。「ロジックボードはあったから、それをリバースエンジニアして配線図を作ろうとしたのだ。」

“Bill and Rod buzzed out the board to create the schematic from the logic board because they didn’t trust the schematics that they had,” said Kottke. “They did have the board, so they reverse engineered the board to create a schematic.”

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Apple II の配線図は自分が描いた

Fernandez いわく、「Apple II の最初の完璧な配線図を描いたのは自分だ。Woz がグラフ方眼紙に描いた数ページのメモのコピーから作業した。Woz とは以前一緒に仕事をしたことがあるので・・・これは分かりやすい仕事だったが、しかし骨の折れる作業だった。自分の目から見ても素晴らしい配線図ができた。理にかなって、明瞭で、部品相互の関係もよく分かり、データやロジックの流れを追うのも容易だった。」

Fernandez said, “I drew the first complete schematic of the Apple II, working from a few xeroxed pages of Woz’s notes written on graph paper. Having worked with Woz before… this was a straightforward [but] painstaking task. In my opinion, it was a beautiful schematic: logical, clear, easy to determine the relationships between components, and easy to follow the data and logic flows.”

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歴史は作られた・・・が

うまくいった。Apple II が製造できたのだ。かくて歴史は作られた。Wozniak と Jobs はカリフォルニアのガレージからコンピュータ革命を起こした二人のクレージーキッズとして有名になった。

It worked. The machine got built. History was made. Wozniak and Jobs became famous as the two crazy kids who started the computer revolution in a garage in California.

しかしみんなの記憶にあるのは限られた名前だけだ。Bill Fernandez のような平凡な男の名前は通常歴史には残らない。もし彼がいなかったら Apple II はパーソナルコンピュータ革命を起こしたマシンになることすらなかったかもしれないのに。事実 Fernandez がいなかったら「Apple Computer」という名前の会社すら存在しなかったかもしれないのだ。

But our collective memories only have room for so many names, and history doesn’t usually remember little guys like Bill Fernandez, despite the fact that if it wasn’t for Fernandez, then the Apple II may have never become the machine that started the personal computer movement. In fact, if it wasn’t for Fernandez, there may have never even been a company named Apple Computer.

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アップル草創期の話はどれもおもしろい。

6000 語を越える長文の記事の中からまず Apple II に関する部分を紹介した。

実はアップル社員第1号の Bill Fernandez については名前すらよく知らなかった。

その彼が Woz と近所友だちで、4年生のときからお互いによく知っていたことや、高校時代に Woz に Steve Jobs を引き合わせたのが Fernandez だったことは初めて知った。

Hewlett-Packard のエンジニアになった Woz が集めてきた電子部品を使ってコンピュータを作ろうとしたのが Fernandez のガレージだったことや、Woz の紹介で Fernandez も Hewlett-Packard のテクニシャンの仕事についたことなども語られている。

アップルでの底辺のエンジニアとして不満を持った Fernandez はその後会社を辞め、日本への旅に出て札幌に2年間滞在するが、帰国後またアップルに復帰し Macintosh チームに加わるなど、実に彼は数奇な運命をたどっている。

ここにも公認伝記本とは異なる風景が見える・・・

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[Steve Wozniak Debunks One of Apple’s Biggest Myths | YouTube

師走になると登場する年末恒例のランキング。Businessweek の趣向がちょっと変わっていてオモシロい。85周年を記念して、最も革新的なアイデア(Most Disruptive Ideas in Our History)を85リストアップしている。

ジェットエンジンをトップに、ウォルマートや経口避妊薬、ジャンクボンド、地球温暖化などなかなかおもしろいリストだが、その第10位がアップルだ。

Apple 1 の登場がコンピュータの歴史を塗り替えたからというもの。もうひとりのスティーブ(Steve Wozniak)の視点から捉えているところがオモシロい。

Apple: Steve Wozniak on the Early Years With Steve Jobs | Businessweek
沃兹:和乔布斯在车库创业被神话了 | 新浪科技
Appleのガレージ起業は神話化しすぎ?ウォズがApple創業当時のApple I開発秘話を語る | 小龍茶館

それを Steve Wozniak 自身の語りで振り返ったのが冒頭のショートビデオだ。

Steve Wozniak Debunks One of Apple’s Biggest Myths | Businessweek

Apple 1 の設計は自分がやったという Woz の思いが伝わってくるようだ。

Walter Isaacson の公認伝記本とはひと味違った風景が Woz 自身のことばで語られている。

Woz の最後のことば:

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自分はエンジニアでいたい

「今日に至るまでずっと、自分は組織図の最下層にいるエンジニアでいたい。そここそ自分の居場所だ。」

“To this day I’ll go stay at the bottom of the Org Chart, be an engineer, because that’s where I want to be.”

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[a ridiculous amount of gadgets:photo

スティーブ・ウォズニアック(Steve Wozniak)が旅行に持ち運ぶコンピュータやガジェットの数々がこれ・・・

詳しいリストはこちら

MacBook と iPhone、iPad ぐらいで音を上げるようじゃプロじゃない・・・

[via parislemon

★ →[原文を見る:Original Text]

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[NeXT, OpenStep and the return of Steve Jobs to Apple | YouTube]

考えれば考えるほど、今日のアップルの成功の遠因は NeXT 時代にあったという気がしてくる。

この1997 年の Macworld Expo キーノートビデオはそのことを確信させてくれる。

優れたビジョナリーを指導者に持つことがこれほどまでの差異をもたらすとは・・・

精気あふれた若き日の2人の Steve も必見。

Daring Fireball: “It’s Been a Long 14 Years” by John Gruber: 07 February 2012

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なんと長い14年間だったことか・・・

It’s Been a Long 14 Years

NeXT 買収とそれに続く Steve Jobs の復帰を経てアップルがいかに遠くまでやって来たことか — 1997 年 の Macworld Expo におけるこのビデオを見るとそれを痛感させられる。当時のアップルの CEO Gil Amelio はとりとめもなく話し続ける。惨めなほど準備不足、リハーサル不足の状態で・・・。引き続き Jobs がステージに立つ。よく練られて張りつめたプレゼンテーション、具体的な計画だ。その後 Amelio に司会が戻り、アップル史上最悪かつ最もぶざまな製品発表が行なわれる。

If you want a visceral sense of just how far Apple has come since the NeXT acquisition and Steve Jobs’s return, you’ll do no better than watching this video from Macworld Expo 1997. Then-CEO Gil Amelio rambles on and on, woefully unprepared and unrehearsed. Then, Jobs takes the stage, with a tight presentation and an actual plan. Then Amelio returns to preside over what must be the worst and most awkward product introduction in company history.

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古きアップル(Amelio の Rhapsody)とまさに変わらんとするアップル(Jobs の OpenStep)とのこれほどまでの違い・・・

20周年記念 Mac[Twentieth Anniversary Macintosh、TAM]の発表と併せ行なわれたこのキーノートは、その内容と登場人物の故にいまや歴史的価値を持つのではないか。

改めて Jobs を失ったことの大きさが痛感させられる・・・

★→[ビデオを見る:Macworld Expo 1997

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