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Posts Tagged ‘Smart Watches’

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[Byte マガジン 1981 年4月号表紙:image

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未来のコンピュータ?

Future Computers?

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1981 年4月の時点ですでに iWatch を予想していたところがスゴい!!!

[via @harrymccracken

★ →[原文を見る:Original Text

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[顔面に装着するコンピュータ:photo

次世代の新しいカテゴリーのデバイスとしてスマートウォッチGoogle Glass のようなウェアラブルコンピュータへの期待が大きく膨らんでいる。

Marco Arment の問いかけが興味深い・・・

Marco.org: “Smart Watches and Computers On Your Face” by Marco Arment: 29 December 2013

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可搬性と生産性が大きな柱

パーソナルコンピュータやスマートフォンは素晴らしい存在だ。われわれの暮らしの大きな2つの柱となっていることは明らかだ。持ち運べるか(portability)また生産性を高めるか(productivity)という2つの柱だが、それを除くとあとは収益逓減の世界となる。

The personal computer and the smartphone are amazing, and will almost certainly remain pillars of computing for the majority of our lifetimes. Beyond those two major portability and productivity classes, you hit diminishing returns.

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常に持ち運べるか

きょうびのデバイスにとって決定的に重要なのは、常に持ち運べる(portability)かどうかという点だ。その意味ではもはや2つのカテゴリーしかない。「常時携帯する」(always with you)か「そうでない」(not)かという2つのカテゴリーだ。常時携帯するデバイスは、ズボンのポケットにピッタリで、おかしくないことが大切だ。ポケットや小型ハンドバッグより大きくなると何らかのバッグが必要になる。そうなればフルサイズのラップトップだろうと何でも持ち運べることになる。(きょうびの超軽量ラップトップはじつに有能だ。)

Portability is critical to modern device usefulness, and there are only two classes that matter anymore: always with you, and not. Devices that are always with you must fit comfortably into pants pockets without looking stupid. If you’re exceeding the size of pockets or small handbags, you’ll need a bag of some sort, which means you can carry pretty much anything up to a full-featured modern laptop. (Ultralight laptops are extremely capable these days.)

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狭まる差

常時携帯するデバイスではスマートフォンが支配的だ。もちろん常時携帯しない場合もあり得る。睡眠中や入浴中はもちろんとしても、ジョギングの場合をよく耳にする。しかしそれはごくまれで、スマートフォンが小型化し、安価になり、丈夫になるにつれてますますその差は狭まってくる。

Smartphones dominate always with you. There are situations where people won’t carry one — besides the obvious ones like sleeping and showering, the most common one I hear is jogging — but these are few and far between, and will shrink over time as smartphones get smaller, cheaper, and more durable.

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微妙なタブレット

タブレットの位置付けはいささか微妙だ。スマートフォンより有用ではなく、小型ラップトップ以上に持ち運びやすいワケではない。それでも大衆マーケットのカテゴリーとしてはどうにか正当化できると思う。なぜなら、タブレットとはいっても所詮大きなスクリーンのスマートフォンに過ぎないので、製造やサポートの負担はさほど大きくないからだ。ハードウェアもソフトウェアやアプリもほぼ同じで、大きなスクリーンサイズの恩恵を被る仕事ではスマートフォンより優れている。

Tablets sit in an awkward portability class: they aren’t that much more useful than smartphones, but aren’t much more portable than small laptops. I think they’re still (barely) justifiable as a mass-market category because they’re not much of a burden to make and support because they’re just smartphones with larger screens — they have roughly the same hardware, software, and applications, and are better than smartphones at tasks that benefit from more screen area.

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スマートウォッチや顔面装着コンピュータ

しかしながら「スマート」ウォッチや顔面に装着する Google Glass のようなコンピュータはどうして必要なのか? これらのハードウェアおよびソフトウェアとしての必要性はスマートフォンとは根本的に異なる。しかもより有用というワケではない。常時携帯はするが、スマートフォン以上に携帯性に富むワケではない。ファッションや気味悪さという点で大きなコストを払うことになる。多くの購買者が必要だし、使い方を覚え、きちんとメンテして、毎晩充電しなければならないなど手がかかる。もっとも致命的なのは、ほとんどすべての事柄で — 大衆にアピールし、実生活で役立つことのほぼすべてにおいて — スマートフォンの方がそこそこ、あるいはもっと良くやれるという点だ。これまでの大衆家電ビジネスから学んだことがあるとすれば、それは「そこそこにいいもの」で十分ということだ。

But why do we need “smart” watches or face-mounted computers like Google Glass? They have radically different hardware and software needs than smartphones, yet they don’t offer much more utility. They’re also always with you, but not significantly more than smartphones. They come with major costs in fashion and creepiness. They’re yet more devices that need to be bought, learned, maintained, and charged every night. Most fatally, nearly everything they do that has mass appeal and real-world utility can be done by a smartphone well enough or better. And if we’ve learned anything in the consumer-tech business, it’s that “good enough” usually wins.

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新しモノ好きの新規カテゴリーフェチ

これが新しモノ好きの新規カテゴリーフェチに自分がガマンできない理由だ。だからアップルには時計にまで手を広げ過ぎないで欲しいと願う。われわれはすでに強力なデバイスを — まだその可能性をほとんど極めていない強力なデバイスを手にしているのだ。われわれのアテンションやリソースを分散してまで新しいカテゴリーのデバイスを増やす必要はない。普通に使っているかぎり、われわれの暮らしが極端に良くなるとは思えないカテゴリーのために・・・

This is why I’m down on new-hardware-category fetishism and why I’d rather Apple not overextend themselves further for a watch. We already have extremely powerful devices that we’re barely using the potential of — we don’t need to divide our attention and resources further to add new device categories to our lives that aren’t massively better in normal use than what we already have.

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陳腐化と破壊

80年代、90年代にはコンピュータによって多くのデバイスが余計な存在あるいは陳腐な存在に変わっていった。90年代、2000 年代にはウェブが多くのレガシービジネスを破壊した。そして 2000 年代、2010 年代にはスマートフォンがもっと多くの古い製品やビジネスを壊滅させた。

PCs made many other devices redundant or obsolete in the ’80s and ’90s, the web demolished many legacy businesses in the ’90s and ’00s, and smartphones have obliterated many more old products and businesses in the ’00s and ’10s.

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手つかずの膨大な可能性

コンピュータとインターネットとスマートフォン(それに多分タブレットも)の組み合わせは畏怖の念を起こさせるほど凄い。今日のパーソナルコンピュータに必要なものほぼすべてを満足させる。それなのにソフトウェアやサービスの面ではまだほとんど手つかずの膨大な可能性が残されているのだ。

The combination of a computer, internet connectivity, and a smartphone (and maybe a tablet) is awesome. It satisfies nearly every modern demand for personal computing hardware and still has massive untapped potential for software and services.

当面はそれで十分なのではないか。

Maybe that’s all we really need for a while.

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筆者にとってもデスクトップと iPhone の2つは欠かせない存在だ。

とくに iPhone は常時手放せない。

しかも VoiceOver を使うようになってから iPhone がまったく別なモノへと変貌している。画面はタッチパッドとなり、ナビゲーションの方法も変わった。

筆者にとって今や iPhone は電話でもインターネット端末でもなく、音声をタッチでコントロールする未知の世界への案内人だ。

「手つかずの膨大な可能性」という意味もよく分かるような気がする。

新しいカテゴリーの次世代製品として期待される iWatch や Google Glass などウェアラブルコンピュータはどうやって制御するのだろうか。

満員電車の中で — 筆者の場合はベッドの中で — 時計に向かってボソボソ話しかけたり、メガネでパントマイムしたりするのは勘弁して欲しい。

ここはじっくり見極める必要がありそうだ・・・

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