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Posts Tagged ‘Obituary’

DavidCarr024.TIF

David Carr が亡くなった。まだ58歳だった。

David Carr, Times Critic and Champion of Media, Dies at 58 | NYTimes.com

NY タイムズの編集室で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。

つい先日、彼の記事を取り上げたばかりだった。

ハッカー攻撃を受けたソニー映画『The Interview』をめぐる空騒ぎを卑小で偽善的と断じた記事だ。

的確なことばで核心を突く彼の文章は後になって読み返しても色褪せることがない。

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David Carr に強い印象を受けたのは、発売されたばかりの iPad についてこう語ったときだった。

「このガジェット[iPad のこと]については、ひとつ理解しておかねばならないことがある。ガジェットがすぐ姿を消してしまうことだ。目に見えるのは純粋にソフトウェアだけになる。」

iPad を使っていると、ハードそのものはどこか意識の外へ姿を消して気にならなくなり、あとはソフトそのものに没頭できるのだと。

これほど iPad の本質を衝いた指摘にはその後もお目にかかれない。

Charlie Rose のインタビューでの発言だっただけに鮮やかに覚えている。

痩身嗄れ声の姿は一度見たら決して忘れない・・・

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David Carr が大きく脚光を浴びたのは NY タイムズのドキュメンタリー『Page One: Inside the New York Times』だろう。

デジタル時代に苦悩する新聞の姿を NY タイムズに1年近く密着して内部から描いた作品だ。

ソーシャルメディアに翻弄される中で、伝統的ジャーナリズムを代表する Carr の厳しい目と容赦ない発言が強く印象に残った。

しかし厳しい目は自分に対しても向けられた。

麻薬中毒に苦しんだ自分の暗い過去に厳しい目を向けたのが自伝の『The Night of the Gun』だった。

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突然の死に多くの追悼記事がよせられている。

交遊の多さだけでなく、それだけ多くのひとにとって大きな存在だったのだろう。彼のことばは多くの場面で引用されている。

John GruberMG Siegler ようなギークにとってもそれは同じだ。

古き良き時代の典型的ジャーナリストがまたひとり逝った。

合掌

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King Abdullah of Saudi Arabia dies | YouTube

King Abdullah of Saudi Arabia dies | Al Jazeera English

State TV says Crown Prince Salman has succeeded King Abdullah, who died at the age of 90.

Saudi Arabia’s King Abdullah bin Abdulaziz dies | BBC News

King Salman assumes the throne at a difficult time for Saudi Arabia. Having defeated an Islamist insurgency 10 years ago, the country now finds itself sandwiched between the growing threats from al-Qaeda in Yemen to the south and Islamic State to the north. Both groups have their sympathisers inside Saudi Arabia.

King Abdullah, a Shrewd Force Who Reshaped Saudi Arabia, Dies at 90 | NYTimes.com

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dave_brubeck

[In remembrance of jazz pianist, composer, visionary Dave Brubeck | art

手もとに残っている LP レコードの1枚が「テイク・ファイヴ(Take Five)」だ。

独特のリズムで始まるデイヴ・ブルーベック(Dave Brubeck)のピアノに、ポール・デスモンド(Paul Desmond)のアルトサックスがかぶる。

Time_out_album_cover

[アルバム・カバー:Time Out

この LP は擦り切れるほど聞いて、すっかり覚えてしまった。

4分の5拍子のリズムは演奏先のトルコで聞いたストリートミュージシャンの民謡が元だといわれる。

アート・ブレイキー(Art Blakey)、マイルス・デイヴィス(Miles Davis)など黒人ジャズプレーヤーが多い中でめずらしく白人演奏家を主体とするクール・ジャズで、ウエストコースト・ジャズ(West Coast Jazz)と呼ばれた。

夢中になって聴いた当時が懐かしい。

そのデイヴ・ブルーベックが亡くなった。享年91歳。

R.I.P.

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[Siri の秘密兵器 Wolfram|Alpha:image

音で聞く世界は、iPhone のあり様を劇的に変える。

見ることでなく、触ることで可能になるコンピューティングの世界が開けるからだ。

そして必然的に Siri との関連が知りたくなる。

Siri を可能にした Wolfram|Alpha の話が興味深い。もともとは Stephen Wolfram の Steve Jobs 追悼記事に書かれていたもの。

Stephen Wolfram といえば理論物理学者で、「Mathematica」を開発したことで知られる。

また Siri を支える知識工学エンジン(computational knowledge engine)「Wolfram|Alpha」の開発者でもある。

Stephen Wolfram Blog: “Steve Jobs: A Few Memories” by Stephen Wolfram: 06 October 2011

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ナレッジエンジン

アップルが iPod や iPhone の製造を始めたとき、それが自分たちのやっていることとどう関係するのか私は十分理解していなかった。しかし Wolfram|Alpha を出したあと、この強力なナレッジエンジンcomputational knowledge engine]を Steve Jobs が造り出した新しいプラットフォームに搭載したらどんなにすばらしいだろうと考えはじめた。iPad が出たとき、Theo Gray は Steve Jobs の強い勧めで、自分たちも何かすばらしいことをやるべきだと主張した。

When Apple started producing the iPod and iPhone I wasn’t sure how they would relate to anything we did. But after Wolfram|Alpha came out, we started realizing just how powerful it was to have computational knowledge on this new platform that Steve Jobs had created. And when the iPad was coming out, Theo Gray—at Steve Jobs’s urging—insisted that we had to do something significant for it.

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手始めは

その成果が去年の Touch Press で、Theo の電子書籍「The Elements」[元素図鑑]の出版であり、その後の iPad の電子書籍群だ。これは Steve Jobs が iPad を創造したことにより可能になったまったく新しい世界だ。

The result was the formation last year of Touch Press, the publication of Theo’s Elements iPad ebook, and now a string of other iPad ebooks. A whole new direction made possible by Steve Jobs’s creation of the iPad.

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Siri を支える Wolfram|Alpha

Steve Jobs に感謝することは多々ある。しかし悲しいことに私の最新のライフプロジェクト Wolfram|Alpha は昨日[注]始まったばかりだ。昨日 iPhone 4S の Siri で Wolfram|Alpha が使われることが発表されたからだ。
[注]Jobs が亡くなった日の前日10月4日に iPhone 4S が発表された

There is much that I am grateful to Steve Jobs for. But tragically, his greatest contribution to my latest life project—Wolfram|Alpha—happened just yesterday: the announcement that Wolfram|Alpha will be used in Siri on the iPhone 4S.

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直接知識にアクセスする

実に Steve Jobs らしいやり方だと思う。知識や行動に対して直接電話からアクセスしたいとひとびとが望んでいることを理解するのだ。それも、通常必要と考えられるあれやこれやのステップを踏まないでそうしたいということを・・・

It is somehow a quintessential Steve Jobs move. To realize that people just want direct access to knowledge and actions on their phones. Without all the extra steps that people would usually assume have to be there.

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ナレッジエンジンは始まったばかり

そのようなビジョンに対し Wolfram|Alpha が重要な役割を果たし得る立場にあることを誇りに思う。いま起きているのはほんの手始めにすぎない。この分野で将来アップルと共同でやれることを大いに楽しみにしている。Steve Jobs がもはやおらず、直接関わっていないことが残念だ。

I’m proud that we are in a position to provide an important component for that vision with Wolfram|Alpha. What’s coming out now is just a beginning, and I look forward to what we will do with Apple in this direction in the future. I’m just sad that Steve Jobs will now not be part of it.

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大きな励み

四半世紀近く前に Steve Jobs に初めて会ったとき、 NeXT こそ「自分の30代に成し遂げたいことだ」と聞いて衝撃を受けた。生涯を10年ごとに区切って、そんな計画を立てるなんてなんと大胆な、と当時は思ったものだ。しかし生涯をかけて大きなプロジェクトをやろうとしているものにとって、Steve Jobs がその限られた数の各10年で着実に達成した成果を見ることは、大きな励みになるのだ。だがそれも今日で終わりになると思うと実に悲しい。

When I first met Steve Jobs nearly 25 years ago I was struck by him explaining to me that NeXT was what he “wanted to do with his thirties”. At the time, I thought it was a bold thing to plan one’s life in decades like that. And—particularly for those of us who spend their lives doing large projects—it’s incredibly inspiring to see what Steve Jobs was able to achieve in his small number of decades, so tragically cut short today.

Steve、アナタのすべてにありがとう。

Thank you, Steve, for everything.

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Stephen Wolfram の追悼記事には、Jobs が「Mathematica」の命名者だったことや、後に妻となるべきひととのデートの話も触れられていて大変興味深い。

Jobs と大きな関わりを持ち、Jobs の稀有の資質を理解していたひとの言葉には訴えるものがある。

★ →[原文を見る:Original Text

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付記:インターフェイスから見た VoiceOver と Siri

インターフェイスという観点から考えても興味深い。

触る世界、すなわち「VoiceOver」モードへの入り口はトリプルクリックだった。

そこから音声を介して触る世界が広がった。

トリプルクリックによって一次元のフリックや二次元のローターというマルチタッチ操作が可能になった。触ることによって可能になるコンピューティングの世界だ。

しかし触るという操作をもっと簡単にしたらどうなるか。

ホームボタンをトリプルクリックでなく長押しすれば「Siriモードになる。

Siri モードの世界では触ることすら必要ない。声という人間に本来的に備わった機能がインターフェイスになるからだ。

音声を媒介として、そこにはまだ誰も経験したことのない未知の世界が広がる。誰も経験していないからベータなのだ。

我々が手にしている iPhone とはそんな可能性を開いてくれるマシンだ。

VoiceOver なんて視覚障害者のためのもの、Siri なんてベータ段階のお遊びに過ぎないなどと考えていては、大切な点を見逃してしまうことになりそうだ。

目が見えなくなってから10日余りなのに、ずいぶん遠くへきてしまった気がする・・・

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[ジョブズ自身のナレーションで:YouTube
[Apple Think Different ad (1997) | YouTube

世界が Steve Jobs を失ったことについて、MG Siegler が洞察力に充ちた素晴らしい文章を書いている。

TechCrunch: “Here’s To The Crazy One” by MG Siegler: 08 October 2011
TechCrunch Japan: “クレイジーな人たちに乾杯” by MG Siegler: 08 October 2011[Nob Takahashi 訳]

以下、日本語訳はすべて Nob Takahashi 氏訳をそのまま使わせていただいた。

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「The Crazy Ones」(クレージーなひとたち)はアップル初期のコマーシャル「Think Different」で有名になったことば。既成概念を排して世界を変えたひとたちへの讃歌だ。

クレージーなひとたち

クレイジーな人たちに乾杯。はみ出し者。反逆者。トラブルメーカー。不適応者。人と違う見方をする人。彼らはルールを好まない。彼らは既成概念を尊重しない。彼らを引用することも、彼らに反対することも、賛美することも、中傷することもできる。唯一できないのは、彼らを無視すること。なぜなら彼らは物事を変えるからだ。彼らは人類を前進させる。そして、彼らをクレイジーだと思う人もいるだろうが、われわれは天才だと思う。それは、世界を変えることができる思うほどクレイジーな人は、それができる人だから。

Here’s to the crazy ones. The misfits. The rebels. The troublemakers. The round pegs in the square holes. The ones who see things differently. They’re not fond of rules. And they have no respect for the status quo. You can quote them, disagree with them, glorify or vilify them. About the only thing you can’t do is ignore them. Because they change things. They push the human race forward. And while some may see them as the crazy ones, we see genius. Because the people who are crazy enough to think they can change the world, are the ones who do.

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Steve Jobs 自身のナレーションによるビデオ[冒頭]が改めて注目を浴びている。

MG Siegler は複数の “s” をとった「The Crazy One」を Steve Jobs に捧げ、彼こそが「クレージー・ワン」だったという。

Jobs こそクレージー・ワン

1997年に[上記ビデオを]録音した時、たぶん彼は気付いていなかっただろうが、あれは間違いなく、スティーブ・ジョブズが自分自身を言い表したものだ。彼は世界を変えられると思うほどクレイジーだった。そしてやってのけた。

Perhaps he didn’t know it in 1997 when he recorded this, but that is absolutely Steve Jobs describing himself. He was crazy enough to think he could change the world. And he did.

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有名人だけでなく彼に会ったこともない普通のひとまで彼の死に対する深い悲しみを示した。その感情のほとばしりに圧倒された MG Siegler はその背景にあるものを考える。

早すぎる死

第一に、ジョブズは若くして死んだ。病に蝕まれた体は、実際よりはるかに老けてみえたが、ジョブズは亡くなった時わずか56歳だった。米国の平均寿命は約76歳だ。全世界では67歳だ。正確にはこれらの年齢は生まれた時を基準に計算されているが、ジョブズは億万長者で、望めば世界中の名医に診てもらうこともできた。彼は癌に関して悪い手札を配られたにすぎない。そして、その病は彼の命を20年以上奪ったのである。

First, Jobs died young. Even though his illness ravaged his body and made him appear far older than he actually was, Jobs was only 56 years old at the time of his passing. The average male life expectancy in the U.S. is just about 76. For the world overall, it’s 67. To be fair, those ages are calculated at birth, but Jobs was also a billionaire with access to any doctor in the world that he could have wanted. He was simply dealt a bad hand with cancer. And it robbed him of at least 20 years on this planet.

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世界が失ったもの

しかし、奪ったのはジョブズからだけではない。われわれからもだ。この男に会ったこともない人々が、あそこまで気にかけるのはそのためだ。彼の早すぎる死は、悲しい物語であるだけでなく、この時代に限らず、〈あらゆる〉時代で最高のイノベーターになるべき男を奪った。もちろん、例えばマイケル・ジャクソンは偉大なアートを世界に寄与したと主張する向きもあるだろうし、実際そうだったが、彼は死ぬ前の20年近く何ひとつ意義深いことをしていなかった。スティーブ・ジョブズは亡くなった時、自分の仕事に関してその〈絶頂期〉にあった。

But it didn’t just rob Jobs. It robbed us too. That’s why people who haven’t met the man care so deeply. Not only is his early death a sad story, it takes away a man who will go down as one of the greatest innovators of not only our time, but of any time. And while you could certainly argue that someone like Michael Jackson contributed great art to the world — he did — he hadn’t done anything significant in nearly 20 years at the time of this death. Steve Jobs was in his prime when it came to his trade, when he passed away.

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真の意味での偶像破壊者

今後20年間、ジョブズがいないためにどれだけのイノベーションが失われることになるかと考えると、悲しいと同時に苛立たしい。たとえAppleのファンでなくても、ジョブズが業界を転換させ、著しく向上させたことに反論できる人はいないだろう。彼は真の聖像破壊者だった。

It’s both sad and frustrating to think about what we’re going to miss in terms of innovation over the next 20 years because Jobs won’t be here. Even if you aren’t a fan of Apple, you cannot argue that Jobs hasn’t transformed industries and made them significantly better. He was a true iconoclast.

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失われた最高の知性

そして今われわれは、テクノロジーが誰の日常生活にとっても重要になりつつある時代にいる。今後われわれが、業界最高の知性を欠いて前進しなくてはならないことは、正直なところ少々怖い。次の誰かが登ってくるかもしれない。しかし、スティーブ・ジョブズは二度と出てこない。それを考えると世界の痛手だ。

And we’re now in an age where technology is becoming increasingly important to everyones’ lives on a daily basis. The fact that we have to push forward without the best mind in the field is quite frankly, a little frightening. Others will step up. But there will never be another Steve Jobs. The world aches knowing that.

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たった今気付かされた

芸術家や天才の多くが、その時代には認められていなかった。彼らの伝説が定着したのは死んだ後だ。しかし、ジョブズは死のはるか前から認められ、正当な評価を受けていた。これもまた、今起きている感情のほとばしりに一役買っている。多くの人々は、たった今世界が天才を失ったことに〈気付かされた〉のである。

Many artists and geniuses aren’t appreciated in their day. It’s only after they’ve died that their legend is established. But Jobs was appreciated and given proper respect well before his death. This also plays into the outpouring of emotion we’re seeing. Most people realize that the world has just lost a genius.

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技術を変え、世界を変える

ジョブズは、変革力のあるテクノロジーの時代に死んだ、最初の真に変革力のある人物だったと、私は言いたい。彼は今から数千年後にも語られる人物だ。そして、彼がテクノロジー〈に対して〉変革力を持っていたという事実が、たった今彼の死に対して起きている反応に拍車をかけている。

I might argue that Jobs is the first truly transformative figure to die in an age of transformative technology. He’s someone who will be talked about a thousand years from now. And the fact that he was transformative in technology just compounds the reactions to his death right now.

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Jobs を失ったことでみなが感じる漠たる不安・・・その因ってくるところを的確に洞察した文章だと思う。

是非とも全文を通して読んでいただきたい。

TechCrunch を去って Michael Arrington と共にベンチャーファンドへの道を歩み始めた Siegler。まだ29歳だという。(そういえばオバマ大統領のスピーチライターも同じ年代だった。)

すばらしい文章は天賦の才のみが書き得るということを改めて痛感する。

★ →[原文を見る:MG Siegler
★ →[原文を見る:Nob Takahashi 訳

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[自宅前を飾る弔意の品々:photo

Steve Jobs の晩年について NY タイムズが書いている

NYTimes.com: “With Time Running Short, Steve Jobs Managed His Farewells” by Charles Duhigg: 06 October 2011

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最後の別れ

何年もガンと戦ってきた Steven P. Jobs は残された時間がなくなってきたことを2月に知った。限られた知り合いに彼は伝えた。彼らは次々に他のひとに囁いた。そうして(Jobs 宅への)巡礼が始まった。

In February, Steven P. Jobs had learned that, after years of fighting cancer, his time was becoming shorter. He quietly told a few acquaintances, and they, in turn, whispered to others. And so a pilgrimage began.

訪問はボツボツと始まった。限られたひと、十人ほど、そして最後の週にはとぎれることなく人々がやってきて短い別れを請うたと Jobs 氏に近しいひとはいう。ほとんどのひとは Laurene 夫人に遮られた。申し訳ありませんが弱っていてお会いできませんと申し訳なさそうに彼女は断った。最後の週にはもう自宅の階段を昇れないのだと打ち明けられたひともいた。

The calls trickled in at first. Just a few, then dozens, and in recent weeks, a nearly endless stream of people who wanted a few moments to say goodbye, according to people close to Mr. Jobs. Most were intercepted by his wife, Laurene. She would apologetically explain that he was too tired to receive many visitors. In his final weeks, he became so weak that it was hard for him to walk up the stairs of his own home anymore, she confided to one caller.

     *     *     *

友人や家族と

Jobs 氏は最後の数週間を、それまでの生き様と同じく自ら決めたやり方で過ごした。親しい友人の医師で予防安全衛生師[preventive health advocate]の Dean Ornish を、パロアルトのお気に入りの寿司レストラン Jin Sho に招待した。昔からの同僚に別れを告げた。ベンチャーキャピタリスト John Doerr、アップル取締役会 Bill Campbell、ディズニー CEO Robert A. Iger など。アップルの幹部たちに火曜日発表の iPhone 4S についてアドバイスもした。伝記作者 Walter Isaacson とも話をした。新しい投薬計画が始まり、まだ望みはあると数人に語った。

Mr. Jobs spent his final weeks — as he had spent most of his life — in tight control of his choices. He invited a close friend, the physician Dean Ornish, a preventive health advocate, to join him for sushi at one of his favorite restaurants, Jin Sho in Palo Alto. He said goodbye to longtime colleagues including the venture capitalist John Doerr, the Apple board member Bill Campbell and the Disney chief executive Robert A. Iger. He offered Apple’s executives advice on unveiling the iPhone 4S, which occurred on Tuesday. He spoke to his biographer, Walter Isaacson. He started a new drug regime, and told some friends that there was reason for hope.

しかしほとんどの時間は妻や子供たちと過ごした。彼らは約 65 億ドルの財産を監督することになり、悲しみに加えて、ひとであると同時に象徴的シンボルでもあった者の遺産を守る責任を負うことになるのだ。

But, mostly, he spent time with his wife and children — who will now oversee a fortune of at least $6.5 billion, and, in addition to their grief, take on responsibility for tending to the legacy of someone who was as much a symbol as a man.

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何万倍もよかった

「Steve は自分でやり方を決める(Steve made choices)」と Ornish 医師はいう。「子供がいてよかったかと一度尋ねたことがある。『私が成し遂げたことの何万倍もよかった』と彼は答えた。」

“Steve made choices,” Dr. Ornish said. “I once asked him if he was glad that he had kids, and he said, ‘It’s 10,000 times better than anything I’ve ever done.’ ”

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自分の決めたやり方で

「しかし Steve にとっては、自分で大切と思えないことに一瞬たりとムダにしないで、自分のやり方で(on his own terms)生きるのが彼のやり方だった。この世の時間が限られていることを彼は知っていた。残された時間で為すべきことを自らコントロールしたいと望んだのだ。」

“But for Steve, it was all about living life on his own terms and not wasting a moment with things he didn’t think were important. He was aware that his time on earth was limited. He wanted control of what he did with the choices that were left.”

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自宅の回りには

最後の数か月、Jobs 氏の自宅(住宅地にある大きくて快適だが比較的質素なレンガ造りの家)はセキュリティーガードに囲まれていた。門の入り口には黒塗りの2台の SUV が止まっていた。

In his final months, Mr. Jobs’s home — a large and comfortable but relatively modest brick house in a residential neighborhood — was surrounded by security guards. His driveway’s gate was flanked by two black S.U.V.’s.

木曜日にはオンラインの弔意がネットに流れ、台湾、ニューヨーク、上海、フランクフルトのアップルストアの壁には手描きのカードが飾られた。SUV は姿を消し、自宅の歩道は弔意の花輪、キャンドル、リンゴの数々でいっぱいになった。リンゴはそれぞれ注意深く一口かじった跡があった。

On Thursday, as online eulogies multiplied and the walls of Apple stores in Taiwan, New York, Shanghai and Frankfurt were papered with hand-drawn cards, the S.U.V.’s were removed and the sidewalk at his home became a garland of bouquets, candles and a pile of apples, each with one bite carefully removed.

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子供たちに知ってほしい

Jobs 氏の伝記本(2週間後出版予定)の作者 Isaacson 氏は彼に尋ねた。あれほど人目につくのをいやがった彼がなぜひとりの作家の質問に答えてくれたのかと。「子供たちに自分のことを知ってもらいたいのだ。いつも一緒にいたわけではないから、自分がしたことやそのわけを子供たちに理解して欲しいのだ。」彼がそう答えたと Isaacson 氏はタイム誌エッセーに書いている。

Mr. Jobs’s biographer, Mr. Isaacson, whose book will be published in two weeks, asked him why so private a man had consented to the questions of someone writing a book. “I wanted my kids to know me,” Mr. Jobs replied, Mr. Isaacson wrote Thursday in an essay on Time.com. “I wasn’t always there for them, and I wanted them to know why and to understand what I did.”

     *     *     *

死こそ最高の発明品

Jobs 氏自身は大学を卒業していない。Reed College を半年で退学したが、2005 年にはスタンフォード大卒業式の来賓スピーチに招かれた。

Mr. Jobs himself never got a college degree. Despite leaving Reed College after six months, he was asked to give the 2005 commencement speech at Stanford.

そのスピーチで Jobs 氏は、(結局は彼の命を奪うこととなる)ガンだと告げられたとを語り、「死こそ生が生んだ唯一で最高の発明品だ。それこそ生に変化をもたらすもの(life’s change agent)だ」と聴衆に語った。

In that address, delivered after Mr. Jobs was told he had cancer but before it was clear that it would ultimately claim his life, Mr. Jobs told his audience that “death is very likely the single best invention of life. It is life’s change agent.”

死の恵みとは誰か他人が決めた人生を送ることで時間をムダに過ごしてはならないと分かることだ、と彼は語った。

The benefit of death, he said, is you know not to waste life living someone else’s choices.

「自らの内なる声が他人の意見という雑音にかき消されないようにしなさい。最も大切なことは、自分の心と直感の命ずるままに従う勇気を持つことだ。」

“Don’t let the noise of others’ opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition.”

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申し訳なさそうに

死に至る前の数か月、Jobs 氏はそのような思いをひと際強くしていた。「最後の数週間は、彼を頼りにしているひとびとへの気遣いでいっぱいだった。アップルで仕事をしているひとたち、4人の子供、それに妻だった」と Jobs 氏の妹 Mona Simpson はいう。「最後には優しく、申し訳けなさそうな感じだった。私たちを残して去るのがひどいことだと感じていたのだ。」

In his final months, Mr. Jobs became even more dedicated to such sentiments. “Steve’s concerns these last few weeks were for people who depended on him: the people who worked for him at Apple and his four children and his wife,” said Mona Simpson, Mr. Jobs’s sister. “His tone was tenderly apologetic at the end. He felt terrible that he would have to leave us.”

     *     *     *

生身の人間

「彼はとても人間的だった」と Ornish 医師はいう。「みんなが考えるよりずっと普通の、ひとりの生身の人間だった。だから彼はかくも偉大になれたのだ。」

“He was very human,” Dr. Ornish said. “He was so much more of a real person than most people know. That’s what made him so great.”

     *     *     *

メディアが描いてきた Jobs 像とは異なる姿だ。

それにしても多くの人々が Jobs の容態悪化をあらかじめ知っていたことに驚かされる。(パロアルト市警も事前に情報を得ていた。)

ひと月ほど前のツィッター騒ぎも無関係ではなかったのかもしれない。


[iPhone 4S イベントの空席:photo

iPhone 4S イベントのときひとつだけ空いていた席が誰のためのものだったか、今にして思えば明らかだ。

最後の日々に Jobs の心に去来したものは何だったか・・・

家族のため、友人のため、会社のため、ひとつずつ片付けていく彼の胸の内を考えるとき胸がしめつけられる思いがする。

Jobs は最後まで Jobs らしく生きた・・・

★ →[原文を見る:Original Text

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[Wired の追悼ページ:image

Steve Jobs を偲ぶたくさんの記事が書かれている。

直接 Jobs と話すことのできた数少ない記者のひとり、Walt Mossberg が「私の知っている Steve Jobs」という追悼記事を書いている。

Jobs と散歩したときの話がとても印象的だ。

AllThingsD: “The Steve Jobs I Knew” by Walt Mossberg: 05 October 2011

     *     *     *

近くの公園への散歩

肝臓移植手術の後、パロアルトの自宅で静養していたとき、Steve は私を自宅に呼んで、入院中に起きた様々な業界情報を聞いて遅れを取り戻そうとした。結局3時間余りの訪問となり、途中近くの公園への散歩を間にはさんだものとなった。衰弱した様子を見て私が不安がったにもかかわらず、どうしても散歩に行くのだといった

After his liver transplant, while he was recuperating at home in Palo Alto, California, Steve invited me over to catch up on industry events that had transpired during his illness. It turned into a three-hour visit, punctuated by a walk to a nearby park that he insisted we take, despite my nervousness about his frail condition.

     *     *     *

毎日少しずつ遠い目標

毎日散歩しているのだと彼はいった。そして毎日少しずつ遠い目標を設定するのだという。だから今日は近くの公園が目標なのだと。私たちは散歩をしながら話をした。突然彼は歩みを止めた。顔色はよくなかった。自分が心臓蘇生術[CPR:cardiopulmonary resuscitation、心肺停止後の心肺機能蘇生]も知らないことに気づき、「為す術もなく Steve Jobs を道路脇で死なせた記者」という見出しが頭に浮かんで、家に戻ろうと彼に懇願した。

He explained that he walked each day, and that each day he set a farther goal for himself, and that, today, the neighborhood park was his goal. As we were walking and talking, he suddenly stopped, not looking well. I begged him to return to the house, noting that I didn’t know CPR and could visualize the headline: “Helpless Reporter Lets Steve Jobs Die on the Sidewalk.”

     *     *     *

ペンチで語った

しかし彼は笑い飛ばし、拒絶した。しばらく休んだ後、目的の公園へ向かった。そこでベンチに座り、人生や、家族、お互いの病気(数年前私は心臓発作を経験した)について話をした。健康でいるにはどうしたらいいかひとしきり私に説教した。そして家へ歩いて帰った。

But he laughed, and refused, and, after a pause, kept heading for the park. We sat on a bench there, talking about life, our families, and our respective illnesses (I had had a heart attack some years earlier). He lectured me about staying healthy. And then we walked back.

     *     *     *

あまりに若い

その日 Steve Jobs が死ぬことはなかったが、それにはいまだにホッとしている。しかし今彼は逝ってしまってもういない。あまりに若く、世界にとって大きな損失だ。

Steve Jobs didn’t die that day, to my everlasting relief. But now he really is gone, much too young, and it is the world’s loss.

     *     *     *

直接 Jobs と触れ合っただけに、様子が目に浮かぶようだ。[その時の様子を Mossberg 自身がビデオで語っている。必見。]

初代 Macintosh の登場以来、欠かさず追いかけているレポーターが3人いる。John Markoff[当時から NY タイムズ]、Walt Mossberg[当時 WSJ]そして Steven Levy[当時 Newsweek]の3人だ。それぞれが長文の追悼記事を書いているが、Mossberg の上記のエピソードがとくに印象に残った。

Jobs 散歩の数が次第に減っていく様子は、隣人の目を通しても語られている。

John Gruber は6月の WWDC の際、近くで見た Jobs のスニーカーに草の切れ端がついていること気付いた。その頃も散歩は彼の日課だったのだろうか。

WWDC のときのあまりに痛々しい姿にウチの奥さんが絶句したのを覚えている。iCloud 発表直後に Laurene Powell 夫人に頭を持たせかけていた Jobs の姿は今も目に浮かぶ。

直接 Jobs と触れ合った経験を持つひとの印象はとても鮮明だ・・・

★ →[原文を見る:Original Text

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