
[iPhone のピンチアウト:image]
電話もかけず、メールも打たず、99% ウェブサーフィンという筆者の環境で、iPhone に対する唯一の不満は画面が小さく、文字が読みづらいことだった。
デスクトップと同じフルサイトならピンチアウトして拡大できる。
モバイルサイトだとフルサイトへ表示変更が必ずしも簡単ではない。中にはどうしてもモバイルサイトから抜け出せないものもある。そんなときは、こんなサイト二度と来るものかと毒づきながら諦めることになる。
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ネットサーフィンの道具として iPhone の有難さを実感したのは入院したときだった。
エジプトの民主革命を知ったのも iPhone を通じてだった。テレビとほぼ同じタイミングで Al Jazeera のニュースを見た。かつて訪れたことのあるカイロのタハリール広場をグーグルマップで確認しながら、「いま現在」起きていることを重ね合わせた。
手術直後の寝返りもうてない状態で iPhone を握っているのだから、ひとが見たらきっと喜劇的状況だったに違いない。
WikiLeaks の特ダネをものにした NY タイムズが Julian Assange と出会った様子や、Steve Jobs の最後の病気療養休暇を知ったのも iPhone だった。
弱った身体でも簡単に持てて操作できる快適さは、病人として使ってみなければ分からない。
iPhone のハードやソフトが痒いところに手のとどくような親切さで作り込まれている。Jobs の手触りを感じた瞬間だった。
唯一の不満は、小さな画面では字が小さく読めないことだ。
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漠然と思い描いていたシナリオはこうだった。
筆者は iPad をまだ買っていない。ウチの娘のムコ殿が iPad の大ファン。孫たちがくるときは必ず iPad もお供する。
しかしながら今の iPad ではベッドに持ち込むにはちと大きすぎる。
いずれ7インチの iPad が出ることになるだろう。
そうなったら 3.5 インチの iPhone から7インチの iPad へ乗り換えようと考えていた。
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目が見えなくなったことで劇的変化が起きた。
もちろんこれまでどおり小さなスクリーンで文字を拡大しながら読む使い方は健在だ。
しかしその他にも複数の選択肢ができた。
簡単なものなら、タッチで選択して読み上げ機能を使う。
長文の場合は、VoiceOver の「触る世界」へ切り替える。iPhone の表面をタッチパッドとして使うことで、まるごと読み上げさせることができる。
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この結果、無意識のうちにあることがハッキリと変わった。
7インチ iPad への関心がなくなったことだ。
いまの iPhone で十分なのだ。
文字が読めるかどうかはもはや問題でない。
ましてや iPhone の現在の 3.5 インチスクリーンが 4 インチになるかどうかなんてまったくどうでもいい。
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iPhone の「声」に導かれて、触るだけで事は解決する。
iPhone がここまで進化していたのにまったく知らなかった自分の無知さ加減にはあきれるほかない。
たしかに英語(サマンサ)と日本語(キョーコ)では完成度に差がある。Siri への日本語対応もまだ途上だ。
しかし着々進行している日本語への対応が実現した暁には、またどんな変化が自分におきるのか今から楽しみだ。
そのときの関心が少なくともスクリーンの大きさにないことだけは確かだ・・・
[...] 大きければいいってもんじゃない « maclalala2 [...]
この考え方に大賛成です。
Androidの優位点に、よくスクリーンサイズの大きさが挙げられますが、3.5インチが4インチになったところで、たいした違いはないと思っていました。
iPhoneのsiriや読み上げ機能は、扉の「開けやすさ」をドアノブの大きさや形状で議論している中で「自動扉」を発明してしまった、と言うようなものかも知れませんね。
ちょっと、痛快です。
ま、7インチのiPadを出したら遅くない時期にAppleは潰れますよ。
ジョブスが残した物を理解できてないってことすからね。