
[水村美苗氏]
久しぶりに夢中になって本を読んだ。
水村美苗氏の『日本語が亡びるとき:英語の世紀の中で』(筑摩書房)・・・
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海外の記事を読んだり探したりしていると、英語と日本語ではアクセスできる情報量に圧倒的差があることを痛感する。
それは英語がインターネットの「共通語」であることの証しにほかならない。水村氏は英語が〈普遍語〉だからだと表現する。
インターネットを利用するときだけではない。インターネットそのものについて語るときも英語が重要なのだ。
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英語はインターネットの〈普遍語〉
自動翻訳機の質がいくらよくなろうと、インターネットの登場によって英語がますます〈普遍語〉として流通していくのを押しとどめられるものではない。
しかも、すでに英語は――数学という人工言語を別にすれば――インターネットの技術そのものにかんしての〈普遍語〉である。インターネットは世界で英語が〈普遍語〉として流通するのを強化する技術だが、そのインターネットという技術にかんしてのメタ言語も、英語という言葉なのである。世界中の人々はインターネットについて語るとき英語を使う。
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英語で書かれたものはそれだけで世界に通じるが、日本語で書かれたものはそうはいかない。それが〈普遍語〉であるということの意味だ。
ことは日本語にとどまらない。かつて宮廷や外交の言語として栄華を誇ったフランス語ですら日本語と同じ運命をたどっている。
本書にはパリでなされた興味深い講演が挿入されている。ある意味で本書のテーマはここに尽きている。
フランス語でなされたこの講演はいかにもことばを大切にする小説家らしい表現で語られている。(フランス語、日本語とも水村氏による。)
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「なんというおちぶれかた!」
さて、ここで、思い切って言ってしまおう。
Ce qui nous amène à ceci.
きょうび、フランス語で書く小説家たち。かれらのことを思うと、同情に堪えません。いや、この際、思い切って、正直に告白せねばならぬ・・・。かれらのことを思うと、実は、内心、隠微な歓びに満ち溢れてしまうのです。なぜなら、今や、かれらのような御方がたが私の仲間入りをして下さった歓びがあるからです。
Je suis remplie de sympathie quand je pense aux écrivains français d’aujourd’hui. Ou, peut-être, faut-il que je sois plus honnête et avouer que je suis plutôt enchantée. Parce que je peux maintenant jouir de leur compagnie.
私はかれらに申し上げるでしょう。
「まあ、ようこそ、いらっしゃいました。ようこそ、私と同じ側へと――例のあの非対称な関係のなかで、ようこそ、私と同じ側へといらっしゃいました。以前、あなたがたは、私とは反対側の、特権的な側にいらっしゃいました。いいえ。あなたがたは、その特権的な側にいらしただけではない。あなたがたの過去の栄光によって、しばしばその特権的な側の象徴そのものですらあったのです。それなのに、ああ、あなたがたは、今やお気の毒なことに、私と同じ陣営にお入りにならざるをえなくなったのです。あなたがたも、やはり、二つの時間を生きざるをえなくなったのです。英語で書かれたものに流れる普遍的な時間と、あなたがたご自身の言葉で書かれたものに流れる特殊な時間です。世界の人たちと同様、あなたがたも、普遍的な時間の中で話す人たちの声は、かんたんに聞くことができます。でも、もうあなたがたご自身の声を世界の人たちにかんたんに届かせることはできないのです」・・・
Je leur dirais: “Bienvenue – bienvenue de mon côté de l’asymétrie.
Vous apparteniez jadis à l’autre côté, au côté dominant. Non seulement vous apparteniez à ce côté privilégié, vous en étiez souvent le symbole même, avec la gloire de tout ce qui a été écrit dans votre langue. Mais, hélàs, vous êtes maintenant dans le même camp que moi. Vous avez commencé vous aussi à vivre les deux temporalités: le Temps universel, construit par les discours anglais, et le temps particulier, construit par vos propres discours. Vous avez un accès direct comme tout le monde aux voix de ceux qui parlent dans le Temps universel, mais, maintenant, vous ne pouvez pas vous faire entendre directement comme avant.
「なんというおちぶれかた!」
きょうび、フランス語で書く小説家に、そう私は申し上げるでしょう。
Minaé Mizumura: “La littérature moderne japonaise: deux temps“(日本近代文学 ― その二つの時間): Le Temps des oeuvres/Mémoire et préfiguration, sous la direction de Jacques Neefs, Presses Universitaires de Vincennnes, 2001.
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今や英語の一人勝ちという状態が起きている。英語だけが〈普遍語〉となり、その他の言語はローカルでしか通じない〈辺境語〉に落ちぶれてしまった。
どの言語を選択するかによって自分の伝えたい内容が伝わる範囲すら決まってしまう。
そのことが、語るべきひとを得て、書くべくして書かれた。
水村美苗氏は父に従ってニューヨークに行き、二十年近くをアメリカで過ごす。
アメリカの大学で仏文を専攻(博士課程)、大学で教鞭(日本文学)をとった後帰国して、日本で作家活動に入る。その創作活動の3冊目が本書である。
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この本は読むひとの問題意識でいかようにも応えてくれる。
日本語論、言語論、教育論、英語教育論、文学論、文化論、哲学論、近代の相克・・・
外から日本を見ることができたからこそ書き得た本だろう。
多くのエピソードがちりばめられ、しかも達意の文章で語られる。
このすばらしい論考を、芳醇な日本語で読める幸せを心から感謝したい。

[お詫び]大切な作者のお名前をミスタイプしてしまいました。謹んで訂正するとともに、心からお詫びいたします。
いつも、拝見させていただいております。 長いこと更新が無かったので
体調を崩されているのではないかと心配しておりました。
英語がさっぱり苦手な自分ではなかなか知ることの出来ない記事を
紹介してくださって、いつも感謝しています。
今年ももう終わりですが、来年以降もお体にはご自愛くださって
また、面白い記事をご紹介下さい。 良いお年を。
> MALCO さん
いつもチェックしていてくださるのですね ありがとうございます
このところ すっかり内向きになってしまっていました
shiroさま。ご無沙汰しております。
ご存知と思いますが、私も毎日のように貴ブログへアクセスさせていただいていました。
また、ご病気を再発されたのか心配しておりましたが、ひとまず安心しました。
経済も、長い間ぬるま湯に浸かっていた日本というのが、10月以降まさに実感として湧いてきた昨今であります。
英語はおちぶれないかも知れませんが、アメリカの凋落がこれほどまで世界に大津波となって、影響を及ぼすとは想定外でした。
来年もさらに興味深い記事を書いてくださることを期待いたします。